今週はACE2の転写に関する論文が3報も出ていた。Nature Genetics12月号に掲載された2報の論文は、1型インターフェロンにより誘導されるACE2は普通の分子ではなく、大きな欠損がありCovid-19とは結合しない分子であることを示した(NATURE GENETICS | VOL 52 | DECEMBER 2020 | 1283–1293, NATURE GENETiCS | VOL 52 | DECEMBER 2020 | 1294–1302)。最初の頃ウイルス感染により誘導されるインターフェロンでACE2が誘導されることで感染がさらに広がる心配があると懸念されたが、この心配はないことを示した論文だ。
今日詳しく紹介するのはミシガン大学からの論文で、男性ホルモンによるACE2とCovid-19の膜融合時に働くTMPRSS2の発現を調べた論文で12月18日米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting transcriptional regulation of SARS-CoV-2 entry factors ACE2 and TMPRSS2(SARS-CoV-2の侵入に必要な因子ACE2とTMPRSS2の転写調節を標的にする)」だ。
これほど猛烈な勢いでCovid-19の研究や治療開発が進むと、各人の研究も知らないうちに時代遅れになってウカウカしておられない心配がある。その一つが、ウイルスが細胞へ侵入する時に使うACE2やTMPRSS2などの分子に対して作用する薬剤の開発だろう。というのも、ウイルス侵入阻害という点では、モノクローナル抗体治療が最も初期段階で優れている様に思うからだ。ただ、以前免疫が抑制されている白血病の患者さんでも、感染が鼻で止まって無症状のままウイルスを排出し続けた症例を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/14412)、感染が重症化へと進展する最初の段階は、肺の細胞への感染で、この段階の抑制は最初の重要な課題だが、この段階は予防と治療の境にある。すなわち、症状が出るか出ないかのうちに治療を始める必要があるだろう。とすると、抗体薬の可能性はもう少し進んだ段階に限られるので、コストの点および気道スプレーの様な使い方が可能な点で、ACE2やTMPRSS2の機能阻害や転写阻害に関わる薬剤もまだまだ捨てたものではなく、是非開発を続けて欲しいと思う。
この研究はACE2とTMPRSS2の発現を同時に阻害する、既に認可されている薬剤を特定することを目的としている。よく読んでみると、特に新しい発想があるわけではないが、この分野をまとめて考えてみるいい機会になった。
男性の高齢者が肺炎へ移行する確率が高いこと、さらには前立腺癌治療でアンドロジェン受容体阻害剤を使っている患者さんでは、感染率が低かったという論文から、アンドロジェンによりACE2やTMPRSS2の転写が調節されている可能性が示唆されている。この論文はこの可能性の再検討と言える。まず、AT2と呼ばれる肺胞細胞でアンドロジェン受容体とともにACE2、TMPRSS2が強く発現していることを確認する。後は、細胞株を用いたり、マウスを用いたり、雑然とした結果が続くので割愛して、人間についての結果だけを紹介すると、in situ hybridizationを用いた検討から、気道の ACE2、TMPRSS2、そしてアンドロジェン受容体の発現が男性で高く、また喫煙者ではアンドロジェン受容体はさらに上昇することを示している。最後に、細胞レベルの研究で、この3者の発現は、既にFDA認可されているアンドロジェン受容体阻害剤、あるいはエンハンサーとプロモーターを繋ぐコファクターBRD阻害剤で抑えられることを示している。
以上が結果で、いくつかの阻害剤を培養系で再検査したという以外、アンドロジェンとACE2の関係などは新しい話ではない。またデータの質は低く、可能性を指摘するために論文を書いたといった印象が強い。
ただ、現在治験が行われているTMPRSS2阻害剤も含めて、この様な薬剤をいつ使えばいいか考えてみるのは、抗体薬が利用できる様になった今、面白い様に思う。既に述べたが、Covid-19の場合、多くの人では鼻かぜで終わるが、進行するケースでの肺への進展の早さが問題になる。したがって、鼻から肺への進展を止めるとなると、予防と治療の境界領域を対象にする治療が必要になる。この段階の治療戦略は、例えば抗インフルエンザ薬を予防に使うといった話とは少し違っており、新しい構想が必要で、その意味で気道へのアプローチ可能な薬剤のリストを増やすことは重要だと思う。