山中4ファクターを導入して体細胞からiPSを作成する効率は、確かに老化細胞では低下することが知られているが、それでも一定の確率で誘導は可能だ。すなわち、老化により蓄積するエピジェネティックな変化を元に戻すことができたことになる。実際、老化のほとんどの変化はエピジェネティックな変化ととらえ、iPS技術をエピジェネティックなリプログラミング技術と捉えると、iPSを用いて細胞を若返らせられないか調べるのは当然の方向と言える。しかし生体内で山中ファクターを発現させ、若返りを誘導しようとすると、Myc遺伝子を抜いたとしても腫瘍性の増殖が誘導されることがわかり、若返りどころではなかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文はアデノウイルスベクターと、テトラサイクリンによる遺伝子発現コントロールシステムを使って、視神経に焦点を絞って山中ファクターと実際の若返りとの関係を調べた研究で12月2日Nature にオンライン出版された。タイトルは「Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision(若いエピジェネティック情報をリプログラミングで回復することで視力も回復する)」だ。
この実験系では山中4因子のうちから主要誘導性の高いMycを除いたOct4, Sox2, Klf4の3因子をセットで発現できるようにしたベクターを用いて、視神経に遺伝子を導入し、テトラサイクリンを飲ませて遺伝子発現を調節して、3因子の効果を調べている。
テクノロジーの詳細は全て省いて結論だけをまとめると、
- 3因子を発現させると、視神経を障害したときの、再生能が高まる。
- 視神経が障害されると、メチル化パターンが大きく変化するが、3因子を発現させるとこの再生能の上昇と並行して、DNAのメチル化が元に戻る。
- この再生能の上昇は、Tet1、Tet2など脱メチル化酵素をノックアウトすると起こらないので、DNAメチル化を含むリプログラム依存的と考えられる。
- 物理的障害ではなく、ミクロ粒子を投与して眼圧を上昇させる緑内障モデルでも、同じように再生能を高め、実際、視力も回復させられる。
- 以上の実験で、障害を受けた視神経のメチル化パターンは老化神経のパターンに類似していることから、リプログラミングは老化マウスの神経機能改善にも役立つと考え、老化マウス視神経に3因子を4週間続けて発現させると、一種の動態視力検査が上昇する。そして、これらの改善に、DNAメチル化の変化が並行している。
になる。
要するに、山中ファクターによるリプログラミングもうまく利用すると、細胞の再生能だけでなく、エピジェネティックな変化により失われた機能改善に役立つことを示した論文で、特に見たり聞いたりする感覚機能の改善法の一つになるのではと期待する。
研究としては、転写レベルの詳しい結果がない点や、ヒストンコードについての検討がされていないことなど問題はあるが、視力の若返りの方向性として研究が進むような予感がする。