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12月12日 抗癌剤(プラチナ製剤)などによる副作用を軽減する(12月1日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2020年12月12日
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個人のガンゲノムを解析して、そのデータに合わせて治療薬(できればガンの増殖を支える分子に対する分子標的薬)を用いるプレシジョンメディシンに期待が集まる一つの理由は、分子標的薬の副作用が比較的少ない可能性があるからだ。また、ガンの化学療法を避ける最も大きな理由は、副作用により、ガンだけでなく体も障害されることを恐れるからだ。そして、このような副作用の中で患者さんを苦しめるのが、吐き気や嘔吐、食欲不振の結果、栄養不全に陥いってしまうことだ。現在、吐き気を誘導する神経回路については研究が進んでおり、ヒドロキシトリプタミン受容体阻害剤や、ニューロキニン刺激剤などが処方されるが、効果がない場合も多い。

今日紹介する、今や新型コロナウイルスワクチンで最も有名になった製薬会社、ファイザー研究所からの論文は、悪液質と呼ばれる悪いサイクルに関わることが知られているGDF-15が、特にプラチナ製剤をはじめとするいくつかの抗ガン剤による吐き気、嘔吐、体重減少に関わっており、これに対する抗体でこの症状をかなり防ぐことができる可能性を示した研究で、12月1日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「GDF-15 Neutralization Alleviates Platinum-Based Chemotherapy-Induced Emesis, Anorexia, and Weight Loss in Mice and Nonhuman Primates (GDF-15中和によりプラチナ製剤を中心にした化学療法による嘔吐、食欲不振、体重減少を、マウスおよびサルの動物実験で軽減することができる)」だ。

現在固形ガンの治療として最も広く使われているプラチナ製剤(シスプラチン)は、他の抗ガン剤と比べた時、特に吐き気、嘔吐が副作用として出やすい薬剤だが、この研究ではこれがプラチナ製剤が持つGDF-15誘導能に関わると決めて、研究を進めている。

まず、大腸ガン、肺ガン、卵巣ガンで、プラチナ製剤による治療を受けている人と、他の抗ガン剤で治療を受けている人を比べると、プラチナ製剤治療を受けている人の方が血中GDFが高い。また、体重の減少が大きい人ほどGDF-15レベルが高い。

そこでマウスモデルでプラチナ製剤の一つシスプラチンを投与する実験を行い、シスプラチンにより血中GDF-15が上昇し、これらは筋肉、腎臓、心筋など様々な組織に由来すること、そしてこの結果体重減少が起こることを明らかにする。これを確認した上で、次にGDF-15 ノックアウトマウスにシスプラチンを投与すると、体重減少が見られなくなることから、シスプラチンの副作用で食欲が低下し体重減少が起こるのは、シスプラチンがGDF-15を誘導するためだと結論している。

この研究のハイライトはこれが全てで、あとはもともとファイザーで開発してきたGDF-15に対するモノクローナル抗体を用いて、シスプラチン投与によるマウスの体重減少だけでなく、サルで見られる嘔吐、食欲不振などを軽減できることを示している。

そして、マウスにガン細胞を移植し、これをシスプラチンで治療する実験系で、GDF-15に対する抗体を投与すると、体重減少や健康状態を障害することなく、シスプラチンによる治療が可能であることを示している。

最後に、様々な抗ガン剤によるGDF-15 の誘導を調べ、これまで副作用として嘔吐が起こる確率が高いとされてきた抗ガン剤のほとんどは、血中GDF-15が上昇することを示している。

以上が結果で、副作用の原因を突き止めて、それを抑えることで、患者さんの体調を維持し、最終的な結果も改善する可能性を示す大事な研究だと思う。この他にも、他のサイトカインに対する抗体や、グレリンの刺激による食欲更新など、嘔吐や吐き気に対する治療法の開発が進んでいるが、患者さんが抗癌剤を恐れる最大の理由を除こうと、努力が続いていることを紹介できて良かった。

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