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12月14日 神経興奮のマーカーFos分子の機能(12月9日号 Nature 掲載論文)

2020年12月14日
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神経刺激に伴ってすぐに発現が上昇する転写因子群は、例えば特定の経験に対してどの神経細胞が反応しているか調べるために今や欠かせないツールになっている。中でもよく使われるのがガン遺伝子として知られているFos遺伝子経路だが、誘導されたFosは何をしているかと考えると、ほとんど何もわかっていないことに気づく。

今日紹介するハーバード大学からの論文は空間の新しい記憶成立に必要な海馬CA1領域の錐体細胞が、新しい環境を経験した時に興奮しFosを発現する状況を捉えて、Fosの下流の遺伝子発現と、その機能を明らかにした力作で12月9日号のNatureに掲載された。タイトルは「Bidirectional perisomatic inhibitory plasticity of a Fos neuronal network (Fos下流の神経ネットワークは興奮・抑制両方向の細胞体周辺制御に対する可塑性を決める)」だ。

海馬CA1の錐体細胞は、細胞体自身がPVorCCK発現で区別する2種類の異なる介在神経の細胞体と直接シナプスを形成する美しい構造を持ち2種類の介在神経からくる全く異なるタイプの情報を統合している。この時、Fosが発現するので、この機能を明らかにすべく研究を行っている。

繰り返すが大変な力作だ。まず、マウスが新しい環境を経験した時にFosを発現する細胞を蛍光標識し、Fosが発現すると、PV介在神経刺激に対して通常より1.7倍高く、逆にCKC介在神経に対しては1.8倍低く反応するようになる。

そして、この介在神経に対する反応変化はFos/Fosb/Junの3遺伝子をこの細胞で同時ノックアウトすることで消滅し、水迷路試験で空間記憶が侵されていることを明らかにする。

これだけでも十分面白いが、この研究ではFosにより転写調節される下流の分子についても、リボゾーム沈降、single cellトランスクリプトーム、Fos結合Chip解析など、考えられるほとんどのテクノロジーを駆使して探索し、全ての方法で共通に変化が見られた6種類の遺伝子について、局所にsiRNAを注入する実験でノックダウン実験を行い、最終的に神経内分泌分子SCG を、Fosに反応して錐体神経の反応調節に関わる分子として特定する。

最後に、SCGを錐体細胞でノックダウンし、この分子が両方の介在神経に対する反応の統合に関わることを明らかにし、錐体神経のFos-SCGシグナル経路が、両方の介在神経とで形成する回路の活性を調節していると結論する。そして、CA1でSCGをノックアウトすると、γ波の高さが低下するとともに、θ波と錐体神経細胞興奮の同調性が変化することを示している。

以上、よくここまでやったなと思える力作で、初めて私も神経興奮の指標として使われているFosが、神経細胞の転写調節を通して、神経回路の特性を持続的に変化させ、記憶形成に関わっていることがよくわかった。このシグナル経路の機能的側面については、まだまだ知りたいことは多いが、この研究が入り口になって進展が加速すると思う。

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