ウイルスの増殖にホストの細胞が必須である以上、ウイルスはどこかでホストに順化し、子孫が維持されるための様々な戦略を取る。その一つが、活動を休止する潜在化で、例えば神経節細胞中で潜在化して、疲れたりすると急に水泡症を起こすヘルペスウイルスはよく知られた例だ。同じように潜在化する例がEBウイルスで、ほとんどの日本人はこのウイルスに感染している。このウイルスに感染するとウイルスが持つLMP1 と呼ばれる分子により、B細胞は白血病化することが知られている。ただ、ウイルスが活性化してLMP1が発現した細胞は直ちに、免疫系に検出され除去される。すなわち、EBウイルスはわざわざ感染細胞にガン抗原を強く発現させて、ホストがガンで死んでしまわないよう、ホストの免疫系をコントロールしているとさえ言える巧妙さだ。
今日紹介するハーバード大学からの論文はEBウイルスのLMP1をガン治療に利用する可能性を追求した研究で、12月23日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Mechanism of EBV inducing anti-tumour immunity and its therapeutic use(EBウイルスが抗腫瘍免疫を誘導するメカニズムとその抗腫瘍治療への利用)」だ。
以前はEBウイルス感染で免疫系が標的にするのは、EBウイルスがコードする分子ではないかと考えられていたが、現在ではホスト側の分子が細胞表面に提示された抗原を認識しているのではと考えられるようになっている。この研究ではまず、LMP1を誘導したB細胞は、CD4、CD8陽性細胞両方の強い免疫反応を誘導すること、この時誘導されるT細胞の抗原受容体のレパートリーは多様で、決して導入したLMP1によるものでないこと、さらにLMP1とよく似た共刺激シグナル活性を持つCD40陽性B細胞も、LMP1誘導B細胞に対するT細胞に認識されることを確認し、LMP1は共シグナル分子としてT細胞免疫を高めるとともに、ホスト細胞分子由来の一種のガン抗原の発現を高める活性があり、これによりEB感染細胞に対する強い免疫反応が誘導されることを確認する。
では、ホスト側のどの分子が抗原となって免疫系に検出されるのか、LMP1やCD40を発現したB細胞で選択的に発現する分子の中から、2種類の分子、survivinとEPHA2を選び出し、試験管内のT細胞反応、および抗原ペプチドとMHCが形成する4量体を用いる抗原特異的T細胞を染色する方法を用いて、LMP1が発現するとこれらの分子が一種のガン抗原として働き免疫を誘導することを明らかにする。
重要なのは、この系で活性化される免疫系が検出するのは、クラス1、クラス2―MHCを問わず、細胞内で処理されたペプチドだけで、同じ抗原を細胞外に加えても処理されない。以上のことから、LMP1を発現させるだけで、新しい様々なガン抗原を内在的に調達したB細胞が誘導でき、さらにこのガン抗原の中にはLMP1を発現していない、例えば腫瘍化したB細胞が発現する抗原も含まれる可能性が強く示唆される。
とすると、当然B細胞腫瘍の治療に、LMP1を用いることができる。これを確かめるため、免疫原性の低いBリンパ腫細胞株にLMP1を発現させ、この細胞を用いて試験管内でCD4T細胞を刺激、増幅したあと、このCD4陽性細胞が、LMP1を導入していないリンパ腫細胞を障害できるか調べている。結果は期待通りで、LMP1が導入されていないリンパ腫も完全に除去することができることが明らかになった。また、PD1抗体によるチェックポイント阻害を組み合わせるとさらに高いキラー活性が得られることも示している。
この前臨床研究結果に基づき、実際の慢性リンパ性白血病の患者さんの細胞にLMP1を発現させ試験管内で末梢血からCD4陽性細胞と培養すると、キラー活性を持つ細胞を誘導できること、そして同じキラー細胞はLMP1を導入していない白血病細胞が発現するガン抗原を認識できることを示している。
以上が結果で、まだ前臨床実験と、試験管内でのコンセプトの検証実験が行われたところだが、ディスカッションでは既に臨床治験が進められていることも述べているので、早晩結果を知ることができると思う。慢性リンパ性白血病は、進行するとCAR-T以外なかなか免疫系が治療に動員できない。その意味で、この方法は期待できる。
一方、私たちのほとんどがEBウイルスに感染し共存関係にあるのは不思議といえば不思議で、ひょっとしたら抗体反応で頻回に現れる異常B細胞を検出するために、私たちもEBウイルスを使っているのかもしれない。