私たちの記憶は、何を見たか、何を聞いたかだけでなく、どの順番で見たかという時間とリンクして刻まれる。場所細胞やGPS細胞の発見以来、記憶成立や呼び起こしの時間オーダーを記憶させるシステムが存在するはずだと探索が行われ、記憶過程に時間的表象を与えるTime CellやRamping Cellが発見された。このような動物での時間表象の研究についてはすでに2回論文を紹介している(https://aasj.jp/news/watch/9152)(https://aasj.jp/news/watch/8870)。
ただ、これらの神経細胞は一つの領域として存在するのではなく、海馬、嗅内野や側頭葉に散在しているため、単一神経を記録することが難しい人間では研究が進んでいなかった。今日紹介するテキサス大学からの論文は癲癇の開始部位を調べるために脳にクラスター電極を留置した患者さんにお願いして、この時間細胞を特定しようとした研究で11月10日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Time cells in the human hippocampus and entorhinal cortex support episodic memory(人間の海馬及び嗅内野に存在する時間細胞がEP記憶に関わっている)」だ。
この研究では、Free Callと呼ばれる、一定間隔ごとに順番に提示される単語(例えば 「家」 「世界」 「女王」・・・)を記憶してもらい、記憶後全く関係ない数学問題を解いた後、記憶した単語をどんな順番でも良いので思い出してもらうという課題を行ない、その間にクラスター電極で拾える細胞の興奮を記録している。この課題では、提示された順番を気にせず思い出してもらうのだが、実際には早い段階で提示された単語はよく記憶されており、また時間的に近接して提示された単語がまとまって記憶されることが多い。
この研究の目的は動物と同じような、課題で提示される単語とは無関係に時間だけを刻むTime cellと、各サイクルでの興奮の程度がさらに大きなサイクルで上がり下がりするramping cellが発見できるかに絞っており、これ以上でも、これ以下でもない。ただ、動物の実験と比べると、興奮のサイクルの明瞭さが低いため、発見自体が難しいのかも知らない。
とはいえ、記憶する過程、呼び出し過程で、一定のインターバルで興奮を繰り返すTime cellを海馬や嗅内野で検出できる。そしてこれらは特に集団を作らず、それぞれの領域に散在している。また、記憶成立時と呼び起こしの両方で反応しているTime cellも検出できる。
さらに、課題を行なっている間、Time cellの中には、それぞれ独自のサイクルでの興奮の程度が、大きなサイクルで上がり下がりするRamping cellも検出できる。そして、記憶成立過程で、time cellの興奮の揺れはθ波と呼ばれる4Hz程度のサイクルを刻んでいることがわかった。
最後に、記憶過程で示された単語の順番と、Time cellの興奮の相関を調べると、明らかに提示された単語の順番と相関が見られることから、単語を覚える過程でのTime cellとの連結が、私たちの記憶に時間表象を与えてくれることがわかる。
動物実験と比べると、実際の興奮のサイクルは明瞭さに欠けているようには感じるが、素人の私にも、確かに私たちの脳の中に時間細胞が存在し、それとの統合が私たちの記憶に時間を与えていることが実感できた。