分野を問わず科学論文を楽しもうとこのコーナーを始めて8年近くになり、紹介した論文も3000に近づいているが、嫌っているわけでは無いが紹介するモチベーションが湧きにくいエアーポケットの様な分野が存在する。その一つがmiRNAで、ノーベル賞も与えられた重要分野だとはわかっていても、ほとんど取り上げてこなかった。その理由は、一つ一つのmiRNAは多数の標的を持つため、その効果がわかりにくい点があった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、それ自身は面白いが、miRNAの調節機構の複雑性を示し、またmiRNAを敬遠する原因になるのではと感じる研究で12月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「The ZSWIM8 ubiquitin ligase mediates target-directed microRNA degradation(ZSWIM8ユビキチンリガーゼは標的特異的マイクロRNA分解を媒介する)」だ。
生命科学の知識がある人なら、このタイトルを見るだけで「ナニナニ?ユビキチンリガーゼがmiRNAの分解に関わるだと?」、と惹きつけられるだろう。タンパク質分解システムがなぜmiRNA分解に関わるのか?それを知ろうと読み進めると、miRNAはもともと細胞内で寿命が長く、しかもmiRNAごとにその寿命が異なっている。極端な例だと1週間も細胞内で安定に存在するものがある様だ。
寿命が長い理由はmiRNAが標的RNAを分解するためArgonauteに結合すると、最終的な分解はmiRNAを分解するための特異的なシステムが存在することがわかっていた(私にとっては初耳)。
この研究ではmiRNAのなかのmiR-7に絞って、この分解のスイッチを入れることがわかったlong noncoding RNA CYRANOと協調する分子を探索し、最終的にZSWIM8を特定、この分子の機能をとおして、miRNAの分解機構を調べている。
膨大なプロの仕事で、ほとんど割愛するが、基本的にはCYRANOと結合したmiR-7の5‘末に伸びたRNAをZSWIM8が認識して、ここにユビキチンリガーゼシステムをリクルートし、Argonoutをユビキチン化して分解することを示している。その結果、Argonoutに守られなくなったRNA はすぐに細胞内で分解されてしまうことを示している。すなわち、miRNAを分解するために、なんとそれを守っているタンパク質、Argonoutを分解するというわけだ。
ただ、このシステムが動きうるmiRNAは、全体のほんの一部で、ショウジョウバエや線虫も入れて高々33種類しか無い。他のRNAは全く別のシステムで分解されているよで、これがmiRNAの寿命が極めて多様な原因の一つになっている。
しかし、RNAを認識するタンパク質を分解するこのシステムは、うまくいけばクリスパーの様に、タンパク質を特異的に分解する面白い系に発展できるかもしれないし、さらにRNAワクチンの効果を高める方法にもつながるかもしれない。これほどの複雑性がわかりmiRNAに対する印象はますます悪くなったが、研究自体は大変面白かった。