Sonic hedgehog(shh) は、発生学に関わる人なら馴染みのシグナルだが、この作用機序はちょっと複雑だ。一般にリガンド(この場合shh)は受容体を介してシグナルを誘導するのだが、shh の結合する Patched は、それ自身でシグナルを出さない。代わりに、smoothened と称される膜分子の活性化を抑えている。この抑制が、shh に patched が結合することで外れる。では smoothened を活性化するメカニズムは何か?私の現役時代はわからなかったが、2016年、ハーバード大学のグループがコレステロールが smoothened を活性化していることを明らかにし、コレステロール自体が発生に関わるのかと大きな反響を呼んだ。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、smoothen活性化に似たメカニズムがコレステロールセンサーとして働いて、代謝のマスターシグナル mTOR を活性化することを示した研究で、9月16日号の Science に掲載された。タイトルは「Lysosomal GPCR-like protein LYCHOS signals cholesterol sufficiency to mTORC1(リソゾームの GPCR様蛋白質LYCHOS がコレステロールの量を mTORC1 に伝える)」だ。
スタチンの作用に関わるコレステロール合成経路や、LDL、HDLによるコレステロール循環システムはある程度フォローしているが、コレステロールの細胞内センサーの論文をこれまで読んだことはなかった。しかし、shhシグナルもそうだが、細胞が増殖するためには、十分量のコレステロールが存在しないと、分裂は破綻する。逆さまから見ると、コレステロールが少ないときに、分裂などのシグナルに反応しないようにしておく必要がある。
この細胞内栄養状態の情報をまとめて転写を変化させるのが mTOR分子で、アミノ酸やグルコース量と mTORシグナルとに関係は詳しく研究されている。最も有名どころでは、インシュリンシグナル-AKT-mTORで、医学生なら必ず知っている。
これまでの研究でコレステロールセンサーがあるとすると、リソゾーム膜上で mTORC1 を活性化している分子があるはずだと仮説を立てて分子捜しを始めている。まさに細胞生物学のプロの仕事とは何かが堪能できる。
まずリソゾーム局在分子リストの中から、コレステロールセンサーとして設定した条件を満たすシグナル分子 LYCHOS を特定している。これがコレステロールセンサーとして働くことをノックダウンで確認した後、後はこの分子がコレステロールの量に応じて mTORC1 を活性化する分子カスケードを徹底的に調べている。膨大なデータなので、明らかになった最終的な結果だけをまとめると次のようになる。
- コレステロールが LYCHOS の N末端部分に結合すると、mTORC1 のリソゾームの局在を促す過程に、GATOR1、KICKSTART、mTORC をリソゾームに局在させる RAGコンプレックスが役者として関わっている。
- GATOR1 は通常 KICKSTART分子と結合しており、mTORC1 のリソゾーム局在に必要な分子コンプレックスの活性を抑える機能を持っている。
- LYCHOS にコレステロールが結合すると、C末の LEDドメインと GATOR1 が結合してしまうために、RAGコンプレックスの抑制が取れ、mTORC1 がリソゾーム膜に局在し、活性化される。
結果は以上で、smoothenと同じように、LYCHOS がコレステロールで活性化されることが、センサーとして働いていることを示している。コレステロールは、ステロイドホルモンをはじめ様々なシグナル分子の原料になっているが、コレステロール自体でも間違いなく様々な分子に関わっている。こんな論文を読むと、もう少し LDL を下げておこうと思う。