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10月18日 非共有結合型 K-ras 阻害剤の開発 (10月号 Nature Medicine 掲載論文)

2022年10月18日
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K-ras の変異は半分以上のガンのドライバーとして働いているのに、有効な阻害剤の開発は何十年にもわたって阻まれてきた。このあたりの事情については、2015年このブログでも紹介している(https://aasj.jp/news/watch/3288)。しかし、科学は進む。K-ras変異のうち G12C変異を阻害する薬剤ソトラシブがアムジェンにより開発され、我が国でも認可された。この薬剤は、変異により生じたシステインと共有結合することで、K-rasを不活性化させる薬剤で、他の変異には全く効果がない。しかし、このような阻害剤が開発されることで、臨床応用だけでなく、rasの生化学的理解が新たに進歩した。その結果、GDP−GTPサイクリング分子構造の変化についての理解が進み、新しいras阻害剤の開発が進み始めてきた。

今日紹介する Mirati Therapeutics 社、及びファイザーの子会社 Array BioPharma からの論文は、Mirati 社により開発された新しい非共有結合型 K-rasG12D の阻害剤の生物学的効果を示した研究で、10月号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Anti-tumor efficacy of a potent and selective non-covalent KRAS G12D inhibitor( K-rasG12D変異に選択的に効果がある非共有結合型阻害剤の抗腫瘍効果)」だ。

Mirati Therapeuticsは、G12C変異に対する共有結合型治療薬も開発しており、膵臓ガンを主な標的にして第三相の治験が進行しているか、終わっている段階にある。そして同じ会社が、それまでの研究蓄積を生かし、G12C変異より頻度が高い G12D変異に標的を絞り、昨年なんと分子構造から薬剤をデザインするという手法でナノMレベルのアフィニティーを持つ阻害剤 MRTX1133 を開発し、Journal of Medicinal Chemistryに発表している。

素人ながらにこの論文を見ると、構造を元に化合物ブロックを合わせる方法がここまで可能かと感心する。

こうして開発された MRTX1133 をそれ以上至適化することなくそのままの効果を確かめたのがこの研究だ。

まず構造のおさらいで、この分子が GDP-結合型の K-ras のスイッチⅡと呼ばれる部位に結合し、分子の大きな構造変化を誘導することで、下流の様々な分子と結合できなくなり、シグナルが伝わらなくなることを、生化学的に示している。

この下流シグナル分子の活性化抑制に合わせて、膵臓ガンや大腸ガンモデルで、30mg/kgであれば腫瘍の増殖を完全に抑制できることを示している。

ただ、G12C阻害剤の経験からわかるように、ras阻害剤単独でのガン征圧は難しい。また、ヒトのガンパネルで調べると、同じ突然変異を持っていても半数ぐらいでしか MRTX1133 での増殖抑制が達成できない。

そこで CRISPR/Cas による網羅的変異誘導などを介して、K-rasG12D の下流、及び協調している分子などを網羅的に探索し、例えばこれまで協同して働いていることが知られていなかった KEAP1 の発見など、将来薬剤抵抗性が生まれるときの分子メカニズムを前もってリストするとともに、K-rasG12D と協調する分子に対する薬剤との併用治療の可能性を追求し、EGF受容体阻害剤、及び PIK3CA阻害剤との併用が、高い併用効果を生むことを示している。

以上が結果で、既にベンチャーを超えた高い能力を示した会社に成長していることがわかる。ようやく ras が標的になりつつあることを実感できる研究だと思う。膵臓ガンへの効果を期待したい。

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