人間の骨髄造血を再現するのは今でも簡単でない。試験管内で再現できる微小環境は限定されているので、結局動物体内にヒト血液を移植する実験系が使われる。現在では、NOD にコモン γKO を掛け合わせた免疫不全マウスに直接ヒト骨髄細胞を移植する方法が用いられているが、造血因子などの共通性がないため完全ではない。そのため、マウスの造血関連遺伝子をヒト型に替えるヒト化マウス作成で問題を解決する努力が続けられている。
思い返してみると、一番最初にマウスでヒト造血を再現しようとしたのは Irv Weissman のグループで、胎児由来の骨と骨髄、及び人間の胸腺まで scid マウスに移植して実験を行っていた。ただ、あまりに大変な実験なので、Irv 自身も使わなくなり、既に忘れ去られた実験系と言っていい。しかし、論理的には最も正しい方法と言える。
今日紹介するスウェーデン・ルンド大学からの論文は、胎児骨の代わりに、骨や軟骨へ分化しやすいように遺伝子操作を加えた間葉系幹細胞 MOSD-B 細胞を用いて試験管内で試験管内でマトリックスとともに培養、骨や軟骨の塊を作成、それを免疫不全マウスに移植することで、高い効率で長期のヒト造血が再現できることを示した研究で、10月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Engineering human mini-bones for the standardized modeling of healthy hematopoiesis, leukemia, and solid tumor metastasis(ヒトのミニボーンを操作して造血、白血病、そして骨髄転移のモデルを作成する)」だ。
このグループは、テロメラーゼを導入して無限増殖できるヒト間葉系幹細胞株を作成し、この細胞に BMP-2 などをさらに導入して、コラーゲンマトリックス状で軟骨の塊や骨の塊を形成する方法を確立していた。
本来の目的は骨や軟骨の再生医学で、出来たミニボーンやミニ軟骨を移植しているうちに、血管に満ちた骨髄用の構造が出来ることに気がついた。そこで、ミニボーン移植後、放射線照射、人間の骨髄幹細胞を移植したら、この中で造血が再現出来るのではと、実験を行っている。
すると期待通り、ミニボーンやミニ軟骨を移植したマウスでは、ヒト由来血液がほとんどのマウスで形成できる。またこの造血は少なくとも20週間維持できることも明らかになった。
造血についてはこれ以上の解析は行われず、軟骨や骨だけでなく、この細胞株が骨髄ニッチを提供する細胞へ分化するプロセスを、single cell RNA sequencing を用いて調べ、同じ細胞株から少なくとも4種類以上の異なる間葉系細胞が分化し、造血を支えることを示している。
後は、同じ実験系を用いて、骨髄性白血病をマウス内で維持できるか、ミニボーンに直接白血病細胞を注射する方法で調べている。骨髄性白血病の場合、白血病により移植率は大きく振れるが、ミニボーンの方で圧倒的に増殖する。また、乳ガンの骨髄転移を再現する実験も行っている。
正直、白血病や転移ガンについては、何を見ようとするのかが明らかでないため、腫瘍が維持されるかどうかだけを問題にせざるを得ず、全て今後の問題だと思う。ただ、一つの間葉系細胞株のみでここまでのことが出来るので、遺伝子を導入したり、様々な操作を駆使することで、白血病や転移ガンの増殖条件を明らかに出来る面白い実験系になるような予感がする。