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10月29日 内因性レトロウイルスを使ってウイルスを制する(10月28日号 Science 掲載論文)

2022年10月29日
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内在性のレトロウイルス(ERV)は私たちのゲノムの大きな部分を占めており、ジャンク DNA と言われている。実際、ほとんどの ERV はゲノムに入った途端、メチル化されて活動を抑えられる。しかし、場合によってはウイルスがコードする遺伝子は利用されることもある。最も有名でよく研究されているのがマウスの Fv4 で、Murine leukemia virusの envelop(Env) 蛋白だ。Fv4 を発現する細胞はフリーの Env がウイルスの受容体と結合することで、外界からのウイルス感染を防いでくれる。まさに、ウイルスを用いてウイルスを制するというわけだ。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、同じような仕組みが人間にもないか探索し、いくつかの候補遺伝子を特定した研究で、10月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Evolution and antiviral activity of a human protein of retroviral origin(レトロウイルス起源の抗ウイルス蛋白質の起源と活性)」だ。

まず、マウス Fv4 と同じような、Env 蛋白質の一部が組織で発現されている可能性をゲノムデータから調べると、Env 由来で少なくとも70アミノ酸以上の大きさを持つ蛋白質をコードする遺伝子が1507種類も存在し、しかも40%近くが発現遺伝子発現データベース中で見つかることを確認している。このうち20種類は、人間の遺伝子として名前がつけられている。

ただ、これらの Env 由来遺伝子は主に発生期に特定の組織だけで発現し、成熟した後はほとんど発現がない。ただ、免疫系の細胞では刺激されると発現が見られることも確認している。

以上の結果は、かなりの数の Env 由来蛋白質が人間の主に胎児組織で発現しており、おそらくウイルス受容体と結合して、様々なタイプのレトロウイルス感染を防いでいる可能性を示唆している。

そこで実際に Env 由来蛋白質がレトロウイルス感染を防ぐか調べるために、胎児のウイルス感染の前線胎盤の細胞で発現している Suppressyn(SUPY)に着目し、

  1. この分子はゲノムに挿入された HERVH48 ウイルスの LTR から、胎盤特異的に転写が行われること。
  2. SUPY を発現する細胞は、細胞膜上、エンドゾーム上で D型レトロウイルス受容体に結合して、直接感染を防ぐとともに、受容体の分解を誘導して発現量を低下させること。

などを明らかにし、胎児期でのウイルス感染防御に関わっていることを明らかにしている。

その上で、ゲノム上の SUPY 遺伝子のサルでの系統樹を調べると、この遺伝子は6000万年前のサル、ヒトの進化過程でゲノムに挿入され、その後完全型の SUPY はヒトを含む全てのサルで保存されていること、一方旧世界ザルでは遺伝子は存在していても完全でない場合が多く、発現も低いこと、そして旧世界ザルの SUPY ではレトロウイルス感染防御効果は低いことを明らかにしている。

以上、ジャンクと呼ばれる遺伝子の中には、新たなウイルス感染防御に備えるために利用している内因性ウイルスも存在するという面白いお話だった。

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