2年以上にわたる Covid-19 パンデミックは、それまであまり勉強しなかったウイルスについて詳しく学ぶ機会になった。その時最も驚いたのが、たかだか30種類程度のウイルス分子が、複製や免疫回避のためにホスト細胞を操作する巧妙な仕組みを進化させていることだった。
今日紹介するストックホルム大学とグルノーブル大学からの論文は、人間への感染が比較的多い原虫トキソプラズマのホスト細胞操作術について学ぶいい機会になる論文で、10月28日 Cell Host & Microbe にオンライン掲載された。タイトルは「The Toxoplasma effector GRA28 promotes parasite dissemination by inducing dendritic cell-like migratory properties in infected macrophages(トキソプラズマの分子 GRA28 は感染マクロファージが樹状細胞様の移動能力を発揮して体内に伝搬するのを促進する)」だ。
猫を飼っていたり、あるいは生肉を食べたりすると、トキソプラズマに暴露されるチャンスは多く、現代でも感染率の高い原虫だ。ただ、マラリア原虫のように悪さをすることが少ないので、免疫が抑制されたり、妊娠期以外は問題にならない。
母親から胎児というケースをのぞくとトキソプラズマは消化管を通して侵入し、身体全体に拡がり、筋肉や脳では安定な嚢胞を形成する。昔は、原虫が血液を通して拡がると思っていたが、今ではまずマクロファージに取り込まれ、マクロファージに乗って体中に拡がると考えられている。この時、例えば GABA 反応性のシグナル分子を変化させて脳への侵入を果たすことが以前報告されていた。
今日紹介する研究では、消化管でマクロファージに感染し、それに乗って全身に広がる過程に焦点を当てている。
現象的には、組織マクロファージにトキソプラズマを感染させると、リンパ節や脾臓への移動が促進される。すなわち、トキソプラズマはマクロファージに感染すると、その運動性を高め、またケモカインに惹かれて他のリンパ臓器へと移動するように再プログラムされる。
感染マクロファージの遺伝子発現を調べると、移動型の樹状細胞に似た遺伝子発現を示す。特に、CCL19 ケモカインの受容体 Ccr7 の発現が高まるので、これを指標に研究を進めている。
これまでの研究で、トキソプラズマがマクロファージの機能をハイジャックする2種類の方法がわかっており、一つは ROP 分子によるSTAT3活性化、もう一つは MYR1 分子を介する経路だ。これらの遺伝子をノックアウトしたトキソプラズマの感染実験から、CCR7 上昇を誘導するのは MYR1 であることを確認して、このメカニズムについて調べている。
ホストシグナルに直接影響する ROP と異なり、MYR1 はやはりトキソプラズマ分子である GRA28 をホスト核内に移行させる働きがあるが、シグナルには直接関わらない。そこで、なぜ GRA28 が CCR7 などの転写を変化させるか研究史、思いがけないメカニズムを提案している。
GRA28 はほとんど構造を持たない液体のような蛋白質なので、ホストの染色体にまとわりついてクロマチン構造を変化させるのではと狙いをつけ、GRA28 結合タンパク質を探索すると、NuRD を中心とするクロマチンを閉じる働きを持つ分子群、及びクロマチンを活性化する SWI/SNF 複合体と結合することを確認している。
メカニズムが完全にわかっているわけではないが、クロマチンにまとわりついて、クロマチンリモデリングに関わる分子をリクルートし、自分に都合のいい遺伝子を発現させ、都合の悪い遺伝子を抑えているようだ。不思議なメカニズムなので、おそらくクロマチン調節機構として研究が進展すると期待できる。
ここでは詳しく紹介しなかったが、GABA シグナルを利用したり、STAT3 シグナルを変化させたり、そして今回の GRA28 と、それぞれ極めてユニークなホスト操作法を開発し、トキソプラズマの場合は密かな居候として自分を全うしようとしているのがよくわかった。