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10月3日 嗅神経の軸索投射をストレス反応が調節する(9月26日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月3日
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視覚や触覚と違って、嗅覚細胞は、一定の期間働いたあと、細胞はアポトーシスで死ぬが、これに伴い幹細胞が活性化して、新たな嗅覚細胞で置き換えられる。神経でも新陳代謝が出来ることはありがたいことだが、嗅覚細胞の問題は、新しい細胞が同じ嗅覚受容体を発現しているとは限らない点だ。嗅覚受容体遺伝子は何百種類もあるが、どれを選ぶかは確率的に決まる。このため、嗅覚の安定性を保つためには、受容体の種類に応じて一時投射場所を決める必要があると考えられ、これを支持する多くの研究が行われた。これに、東大の坂野さんをはじめとして、日本の研究者が大きな貢献をしてきた。

とはいえ、嗅覚受容体(OR)は何百もあるのに、同じ場所に投射できるのはにわかには信じがたいのも確かだ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、投射の調節機構が、OR(臭覚受容体)とリンクしたER(小胞体)ストレスを積極的に取り込むことで、階層的に進み、最終的にOR依存的シグナルで微調整され完成することを示した面白い研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「ER stress transforms random olfactory receptor choice into axon targeting precision(ERストレスはランダムな嗅覚受容体の選択を軸索を正確に投射する選択へと変化させる)」だ。

このグループは、OR が折りたたまれるとき ERストレスが発生するが、何百もある OR ごとに ERストレスの強さが異なっており、この差を OR とリンクした転写調節に利用できるのではと考えた。すなわち、OR に応じて ERストレス強度が異なり、この差が神経軸索投射分子の転写の発現パターンを変えているのではと着想した。

これを確認するため、ERストレス直下で転写が高まる分子 Atf5 をリポーターとして、それぞれの OR と Atf5 発現量を調べると、OR の種類に応じて見事に Atf5発現量、すなわち ERストレスの強度が変化することを明らかにした。また、このストレス強度は完全に OR の配列依存性で、OR の分子構造を変えると全く異なるストレス強度が発生することも示している。

次に、ストレス強度の違いで起こる遺伝子発現の差を調べると、これも期待通り、軸索投射をガイドする様々な分子の発現パターンが見事にストレス強度と相関していることを示している。

後は、同じ OR を選んだ細胞で、ストレスシグナル分子の発現が異なるように細工したマウス(OR遺伝子は一細胞一分子なので、対立遺伝子座の片方にノックアウトのための Cre を挿入することで可能になる)、同じ OR を発現していても、同じ場所へ投射できなくなることを示し、ERストレスの差が投射の大きな枠決めに関わることを示している。

後は、single cell RNA sequencing などを用いて、ストレスを軸索投射のための遺伝子発現へと転換する Ddit3 を特定し、これにより嗅球の各領域への大きな方向付けが決まることを明らかにしている。

この頃ほとんどこの分野をフォローしていなかったが、面白い論文で、これまで気になっていた疑問をかなり解消してくれた。しかし、ERストレスをわざわざ取り込むことは、危険も大きい。というのも最終的には細胞死に陥る。例えば、ウイルスが感染してしまうとすぐ細胞が死にやすいのもこのせいかもしれない。いずれにせよ、幹細胞生物学としても面白い課題が生まれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 次のパンデミックを予想し、備えることは可能か(9月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月2日
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今回のCovid-19もふくめ、21世紀に問題になるエンデミックやパンデミックのほぼ全ては、なんらかの脊髄動物に感染が拡がっているウイルスが、様々な原因で人間に感染し、それが変異を重ねて感染性のウイルスへと変化することで起こっている。このことから、動物に感染しているウイルスの中から、次のパンデミックの原因となるウイルスを特定するための研究の重要性が強く認識された。すなわち、次のパンデミックの芽を動物感染の間に摘み取る、あるいは、感染が始まってもすぐに診断治療体制がとれるよう準備しておくことの重要性だ。人的資源と多くの研究投資が必要になるが、Covid-19で失われた経済的損失と比べると、おそらく微々たる額だろう。

このような取り組みのまさに好例となる論文が、米国国立衛生研究所とコロラド大学から、9月30日、Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Primate hemorrhagic fever-causing arteriviruses are poised for spillover to humans (サル出血熱アルテリウイルスは人間へと拡がる準備が整っている)」だ。

サル出血熱は実験用に輸入されたマカクザルから研究施設に拡がるウイルスとして知られており、致死性は高い。ウイルスはアルテリウイルスと称される RNAウイルスによる感染で、これまで人間に感染したという報告がないため、ほとんど研究が進んでいなかった。しかし、最近になってサル出血熱ウイルス(SHFV)が霊長類に感染することが明らかになり、virus of concern となってきている。

SHFVの場合、まず感染過程を明らかにしなければならない。これまでの研究でヘモグロビンのスキャベンジャー分子 CD163 が受容体として働いている可能性が示唆されていたので、CD163 のノックアウト、あるいは遺伝子導入実験より、CD163 がウイルスの受容体として働いていることを確認している。

ただ Covid-19 に対する ACE2 といった関係でないこともわかってきた。というのも、CD163 は表面蛋白質だが、細胞表面に出ずに細胞内小胞にとどまっている細胞でも、ウイルスは感染する。Covid-19 でも指摘されているが、マクロファージでは例えばマクロピノサイトーシスなどを介して細胞内へウイルスが取り込まれ、そこで CD163 と結合して、RNA が細胞内に侵入すると考えられる。

いずれにせよ、CD163 との結合が、種を超えた感染のバリアーになることは確認された。そこで、CD163 の配列を様々な種に変えて感染実験を行うと、たしかにマカク由来SFHV は新世界ザルには感染しないが、チンパンジーや、ゴリラ、そしてなんと人間の CD163 とも結合して感染することがわかった。

CD163結合性があっても、幸い血液から分離した白血球ではウイルスの増殖は見られない。従って、人間での感染事例がないのは、この抵抗性のおかげだと考えられる。ただ、細胞株を用いた実験を行うと、SU-DHL-1細胞ではウイルス増殖が見られ、CD163陰性の腎臓細胞でも CD163 を導入することで、感染し、ウイルスを増殖させることが明らかになった。

以上が結果で、現在アフリカをはじめ様々な地域で拡がっている SFHV は、まだ突き止められていないほんの少しの障害のおかげで人間には感染できていないが、この障害が取り除かれた細胞では簡単に感染増殖することがわかった。

やっかいなことに、ウイルスの CD163結合部位に対する抗体は、細胞内で効果を持つ必要があり、Covid-19 のようなワクチン設計でいいのかなど、解析しなければならないことは多い。

いずれにせよ、パンデミックの前に対策を用意するための研究は可能で、例えば企業コンソーシアムなども参加して、対策研究を進めることが大事だと思う。重要なのは、国に全ての対策を任すことがいかに危険かを認識することだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 ガン免疫と糖代謝(9月30日 Science 掲載論文)

2022年10月1日
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ガンに頻発する変異を眺めて改めて認識させられるのが、ガン増殖に代謝プログラムが深く関わっていることだ。中でも、悪性のグリオーマで頻発する isocitrate dehydrogenase (IDH) の変異で、代謝の基礎とも言える TCAサイクルに関わる酵素が関わっているので、エネルギー代謝が大きくシフトすることが、ガンの増殖を助けるのかなと考えていた。しかしその後の研究で、IDH変異は単純な機能低下変異ではなく、新しい機能が生まれて、IDH1、IDH2変異とも、最終的に 2-hydroxyglutarate(2HG) が細胞内に合成、蓄積され、これが TET やヒストン脱メチル化酵素を阻害、ガンのエピジェネティックスを大きく変化させるとともに、HIF1 を活性化して、低酸素転写プログラムを誘導することが、発ガンに大きく関わることが明らかになった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、IDH変異を持つガンにより合成される 2HG が、ガンだけでなく周りの免疫系に影響を持つのではと着想し、作用メカニズムを調べた研究で、9月30日 Science に掲載された。タイトルは「Oncometabolite D-2HG alters T cell metabolism to impair CD8 + T cell function(ガン由来代謝物 d-2HG はT細胞代謝を変化させて CD8T細胞機能を抑制する)」だ。

IDH変異では高レベルの 2HG が合成されるので、少なくともガン局所は mMレベルの濃度になる。しかし、ガンの増殖を助ける代謝物は免疫細胞も活性化するのかと思っていた。

ところが、キラー細胞を 2HG で処理すると、T細胞の活性化は起こっても、キラー活性に必要なグランザイム分泌や、さらにはインターフェロンγ の分泌が強く抑制されている。また、IDH変異を持つガン患者さんでは、CD8T細胞の浸潤が低下している。ただ、ガンのように、2HG によって、エピジェネティックな変化や、HIF1転写が大きく変わるわけではなく、この効果は 2HG に触れたときだけの急性効果であることがわかる。

そこで、2HG により何が起こっているのかを調べると、2HG がピルビン酸から乳酸を合成する LDH-A を阻害すること、そしてこの結果、糖分解経路が低下し、この結果 NAD/NADH バランスがミトコンドリア呼吸複合体を介して、ミトコンドリア膜の過分極を誘導、T細胞はミトコンドリア依存性のエネルギー代謝が高まり、活性酸素が高まることで、急性の機能不全に陥ることを示している。簡単に述べたが、実際には代謝経路を、阻害剤やトレーサー実験を用いて詳しく調べている。

以上、ガンから発生する 2HG が急性効果ではあるが、グリコリシスを抑え、ミトコンドリア呼吸を高め、この変化がインターフェロン分泌と、キラー活性に必要なグランザイム分泌が低下させる原因であることを明らかにしている。とすると、現在行われている IDH を阻害する治療は、ガンの増殖を大きく変化させられなくても、十分治療に使う可能性はあると思う。

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