今でこそ本庶先生はがんのチェックポイント治療の開発者として奉られているが、私が現役の頃は、なんと言っても免疫グロブリンクラススイッチ研究で有名で、最終的にクラススイッチに関わる分子 AID の発見と遺伝子クローニングに結実している。AID の機能を証明した論文が出たとき、本庶先生は医学部長だったが、教授会で「そろそろ上がりですね」と言って、「馬鹿な」と一括された。そのときは、PD1 という第二章があるとは想像だにしなかった。
今日紹介するコロンビア大学からの論文は、クラススイッチと変異が進行中のB細胞に由来するびまん性大細胞型リンパ腫(DLBL)でのスーパーエンハンサーの解析から、AIDによるエンハンサー部位の変異により腫瘍が発生していることを明確に示した研究で7月6日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Super-enhancer hypermutation alters oncogene expression in B cell lymphoma(スーパーエンハンサーの高頻度変異はガン遺伝子の発現を変化してB細胞腫瘍を誘導する)」だ。
これまでエンハンサーが集まって強い転写が起こるスーパーエンハンサー(SE)が発ガンにも関わることは何度も述べてきたが、では SE 自体の変異がガンで起こって、SE が形成されるのかという問題については、あまり研究が進んでいない。というのも、エンハンサーの変異を機能的に調べるのは簡単でない。
ただ、先にも述べたように DLBL は AID により変異が起こりやすいこと、また抗体遺伝子発現のための SE が形成されていることから、SE 自体の変異を調べる目的には最もかなった対象だと納得する。
アセチル化ヒストンの免疫沈降法で、SE と一般のエンハンサー(NE)を特定し、特定された SE 領域で変異を検索すると、DLBL 細胞株、実際の白血病細胞を問わず、SE 領域で突然変異が高いことがわかった。
抗体遺伝子の変異率の高い胚中心由来と考えられるリンパ腫のみで、SE の変異頻度上昇が認められることから、AID が SE の変異に関わると考えられるが、予想通り変異の種類を見ると、AID=deaminase活性による変異と断定できるの。以上のことから、DLBL では AID が上昇しており、SE として集まった領域を標的に変異が蓄積しやすく、これがリンパ腫発生に関わること想像される。
後は、SE に起こった変異が白血病発生に関わるかを調べる実験が行われ、
リンパ腫での転座が認められる BCL6 では、転座がなくても遺伝子内のイントロンの SE に高率に遺伝子変異が認められ、通常はこの部位にリンパ球の分化を誘導する BLIMP1 が結合しているが、変異によりこの結合が消失し、分化が止まって増殖が起こると考えられる。同じ変異を持つ細胞株をの変異部位を遺伝子編集で正常化すると、腫瘍増殖がなくなるので、BLIMP1 結合が消失して、BCL6 の転写が高まることが白血病化に関わると考えられる。
同じように、SE により転写が上昇する BCL2 や CCR4 の SE を調べると、本来グルココルチコイド受容体が結合しており、転写が抑えられているのが、変異によりこの結合が壊れ、腫瘍発生に関わる。事実、SE 領域の変異を正常化すると、細胞の増殖は低下する。
以上、SE の中に、正常の分化では発現を抑える働きを持つ領域が変異により SE としてそれぞれの遺伝子の高発現に関わることで、白血病誘導に関わることを示した力作だと思う。他の腫瘍でも SE の関与が示されていることから、同じ手法で解析することで、難関だったノンコーディング領域の変異の機能がさらに明らかになるのではと期待している。
今日紹介するハーバード大学と中国の Guangzhou Laboratory からの論文は、頭頸部扁平上皮ガンで行われるネオアジュバント治療の機会を捕まえて、PD-1 抗体による治療、あるいは PD-1 抗体に CTLA4 抗体を加えた治療のガン組織及び末梢血細胞への効果を抗原受容体レベルにまで調べた、よくここまでと思える力作で、7月7日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident memory and circulating T cells are early responders to pre-surgical cancer immunotherapy(組織常在型と循環型T細胞は手術前のガン免疫療法に反応する)」だ。
研究では PD−1 抗体治療14例、PD-1+CTLA4 抗体治療15例の患者さんについて、一部の患者さんでは治療前の確定診断のバイオプシー、治療後に行われる手術切除組織、そして手術までの間の末梢血、術後の末梢血を採取、ここに存在する血液細胞、特にT細胞について、主に single cell RNA sequencing を用いて調べている。
.今日紹介するミネソタ大学医学部からの論文は、抗原を摂取して誘導する食物抗原への寛容誘導過程を、ストレートな方法で調べた研究で、何故今まで同じような研究がなかったのかと思う重要な研究で、7月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Immune tolerance of food is mediated by layers of CD4 + T cell dysfunction(食物に対する免疫寛容はCD4陽性T細胞の機能不全により媒介されている)」だ。
今日紹介する University College London からの論文は、バーコードを用いた72遺伝子の発現を組織的に調べる方法と、Ca センサーによる神経活動の長期記録を組みあわせ、介在神経の遺伝子発現と機能を相関させた力作中の力作で7月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A transcriptomic axis predicts state modulation of cortical interneurons(遺伝子発現のパターンにより皮質の介在神経の状態を予測できる)」だ。
この研究では自由に動き回るマウスで、様々な状態での視覚に関わる領域の活動を Ca センサーで連続的に記録し、その後その領域を取り出し、そこに存在する介在神経をバーコード化された72種類の遺伝子プローブで調べ、個々の介在神経の遺伝子発現と、神経興奮の記録を相関させている。
先日紹介した Jeffery Gordon さんの研究もそうだが(https://aasj.jp/news/watch/20041)、最近体内の代謝物の変化を調べて、生体活性のある代謝物を探索した論文を見る機会が増えた。分析方法が着実に進んでいることを物語っている。そこで今日は、最近Natureにオンライン掲載された活性代謝物探索に関わる2つの論文を紹介する。
1つ目の論文はロンドン Imperial College からの論文で intermittent fasting(IF)の効果を調べる過程で Indole-3-propionic acid(IPA) が末梢神経再生に関わることを示した論文だ。
日本でも様々な時間間隔で間欠的に断食を行う Intermittent fasting(IF) が注目されているが、この研究では alternate day fasting と呼ばれる一日おきに食事を抜くIFの座骨神経再生への効果を確かめるところから始めている。結果だが、IF がここまで効くかと思うほど、効果は大きく、傷害された軸索が IF ではよく伸びる。
面白いことに、神経再生に関わる限り IF の効果は、抗生物質投与により消えるので、細菌叢由来の代謝物の効果であると考えられる。そこで IF により変化する代謝物79種類の中から、抗生物質で分泌が消失するものの中から IPA を突き止めている。
この論文を読むまで、人間関係の煩わしさなどによる社会的ストレスは、睡眠を妨げるだけだと思っていた。しかし、今日紹介するImperial College Londonからの論文は、マウスの話とは言え、ストレスが睡眠を誘導して、不安を和らげる働きを媒介する神経回路を明らかにした興味ある研究で、7月1日号 Science に掲載された。タイトルは「A specific circuit in the midbrain detects stress and induces restorative sleep(中脳の特異的神経回路がストレスを検出しストレスから回復させる睡眠に関わっている)」だ。
そんな中でも今日紹介するカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は細胞外から病気をコントロールするという点で面白い研究だ。タイトルは「Metabolic reprogramming of skeletal muscle by resident macrophages points to CSF1R inhibitors as muscular dystrophy therapeutics(常在マクロファージによる筋肉細胞代謝リプログラムはCSF1Rの筋ジストロフィー治療の可能性を示している)」で、6月29日号 Science Translational Medicine に掲載された。