Sox9はコラーゲン遺伝子発現に直接関わることから、軟骨発生の必須因子として研究されてきた。最近になって、このコラーゲン転写を活性化する機能から、病的な線維化にも関係しているのではないかと研究が進んでいる。
最近 Science に発表された(Aggarwal et al., Science 383, 845 (2024))腎臓の線維化に関する論文はその典型で、虚血により急性障害を受けた尿細管上皮は上皮の極性が破壊されたことを検知して Sox9 を発現して修復を促すが、上皮の極性が回復しないと Sox9 の発現が維持され、線維化が起こるという話だ。このように、Sox9 は上皮を介して線維化を促進するシナリオが、腎臓や肺で示されている。
ところが、今日紹介するハイデルベルグ大学からの論文は、上皮と同じように血管内皮も Sox9 発現により線維化の起点になる可能性を示した研究で、2月28日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Endothelial cells drive organ fibrosis in mice by inducing expression of the transcription factor SOX9(血管内皮細胞はSox9転写因子を発現して臓器線維化を誘導する)」だ。
このグループは心筋梗塞後の線維化に Sox9 が関与することを研究しており、この延長で血管内皮も上皮と同じように Sox9 を発現して線維化を誘導できるのではと着想し、研究を始めている。
心臓の虚血を誘導やブレオマイシンの肺局所投与、さらにコリン欠乏による肝臓障害誘導などで線維化を実験的に誘導すると、期待通り血管内皮が Sox9 を発現する。
そこで血管内皮に強制的に Sox9 を発現させて様々な臓器を調べると、虚血障害なしに心臓で線維化が始まり、心臓の機能が低下する。また、肺でも線維化が始まるが、肝臓や腎臓などでは Sox9 強制発現による線維化は起こらない。
Sox9 強制発現後の血管内皮の遺伝子発現変化を見ると、血管内皮の性質を保ったまま、線維化に関わる遺伝子や炎症遺伝子の発現が見られ、十分線維化誘導を主導できる。
次に外的要因による線維化を血管内皮の Sox9 発現を抑えることで防げるか、細胞特異的遺伝子ノックアウトマウスで調べると、心臓や肺の線維化だけでなく、高脂肪による肝硬変の発生も抑えられることを示し、多くの臓器の線維化を血管内皮の Sox9 発現がリードする可能性を示している。
最後に線維芽細胞と共培養を行う実験系で、Sox9 発現により血管内皮自体が線維化に必要な様々な分子を発現するだけでなく、周りの線維芽細胞に働いて増殖とマトリックス形成を促す因子を発現し、線維化の核になることを示している。
以上が結果で、これまでのように上皮だけでなく、あらゆる臓器に存在する血管内皮も線維化のスイッチになり得ることを明らかにしており、今後は上皮と血管内皮のそれぞれの役割が研究されるだろう。
Sox9 は軟骨形成に必須なので創薬ターゲットになるかどうかはわからないが、線維化を制御する薬剤開発に貢献すると期待している。