3月20日号のScience Translational Medicineに重症筋無力症および筋ジストロフィーの治療法開発論文が発表されていた。いずれも根治というよりは対症療法なのだが、まとめて紹介することにする。
最初はデンマークの創薬ベンチャー BMD Phmarma からの論文で、筋肉のクロライドチャンネルをブロックして筋肉の興奮性を高め、重症筋無力症の筋肉症状を改善する薬剤の開発だ。タイトルは「The ClC-1 chloride channel inhibitor NMD670 improves skeletal muscle function in rat models and patients with myasthenia gravis(ClC-1 クロライドチャンネル阻害剤はラットモデルと重症筋無力症患者さんで筋肉機能を改善する)」だ。
重症筋無力症は神経・筋のシナプス接合に関わるアセチルコリン受容体などに対する自己抗体ができ、筋肉の興奮が低下する病気で、自己免疫病の治療とともに、シナプス伝達を高めないと命に関わる。自己免疫病治療については抗体薬など新しい方法が開発されているが、筋肉の興奮を維持する対症療法はほとんど私が病院で働いていた頃と変わらない。
BMD Pharma は、筋肉興奮が ClC クロライドチャンネルにより抑制されていることに着目し、筋肉特異的 ClC−1 阻害剤 NMD670 を開発した。論文ではラット重症筋無力症モデルで、NMD670 投与により筋肉機能が改善することを見た上で、第一相治験を12人の患者さんについて行なった結果が示されている。NMD670 の効果は即効性なので、12人は無作為的に、コントロール群や異なる容量投与群へローテートしている。
結果だが、まず耐えられない副作用はなく、効果は症状から計算するスコアで明確に改善があったことが示されている。対症療法と言っても重症筋無力症の場合、筋肉興奮維持は必須で、抗コリンエステラーゼにつぐ薬剤がようやく開発されたと期待している。
もう一報のカナダ・Sherbrooke大学からの論文は、様々なタイプの筋ジストロフィーで血管障害に基づく筋肉幹細胞リクルート異常が生じて、症状を悪化させており、この過程を治療標的にできることを示した研究だ。タイトルは「Apelin stimulation of the vascular skeletal muscle stem cell niche enhances endogenous repair in dystrophic mice(アペリンは筋肉幹細胞の血管ニッチを刺激してディストロフィーマウスの内因性損傷を促進する)」だ。
筋ジストロフィーは筋肉が変性する病気で、ディストロフィンの変異をもつドゥシャンヌ型を始め様々なタイプが知られており、それぞれ原因となる突然変異が特定されている。このグループは、原因となる変異による筋肉の直接障害だけでなく、間接的に筋肉幹細胞のリクルートの減少も編成が進む原因になっているのではと考えた。
そこで、筋肉をヘビ毒で傷害して幹細胞が動員されるプロセスを比べると、ラミニン変異によるディストロフィーを筆頭に、コラーゲンVI 変異型、ドゥシャンヌ型全てで再生過程の異常が見られた。そしてこの原因を探ると、筋肉の血管量と構造の異常が起こっており、これが筋肉幹細胞ニッチの維持を難しくしていることがわかった。
血管異常の原因を探ると、アペリンと呼ばれる血管ホルモンの異常が共通に発見され、さらに血管特異的にアペリンをノックアウトすると、筋肉幹細胞からの供給が低下して筋ジストロフィーと同じような変性症状が見られることを示している。
そこで、筋ジストロフィーマウスに浸透圧ポンプを用いてアペリンを投与し続けると、3タイプ全てで血管の量と構造を回復させ、その結果筋肉編成を遅らせることができる。
すなわち、筋ジストロフィーにより、なぜか血管のアペリン分泌が低下して、これが禁呪酢トロフィーの修飾因子として変性を増幅するという話になる。残念ながら変異による筋肉異常からアペリン分泌異常へと移る過程については全くデータが示されていないが、筋ジストロフィーをアペリンなど血管を正常化して進行を遅らせるというアイデアは面白い。