先週 40Hzの刺激を視覚・聴覚から導入して脳内に γ波を発生させることで、脳内 Glyjmphatic を介する脳脊髄液のドレーンが上昇し、アルツハイマー病などの神経変性が抑制されるという論文を紹介した。刺激の性質から当然神経がまず興奮して、それから様々な反応が進むと考えられるが、3月2日に紹介した研究では、刺激興奮した神経細胞から血管作動因子が分泌され、ドレーンを高めるという話だった。
ところが今日紹介するMITからの論文は、光と音を介する40Hzの刺激が脳細胞の遺伝子発現を変化させることで、化学療法に伴う脳変性を抑える働きがある事を示した研究で、3月6日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Gamma entrainment using audiovisual stimuli alleviates chemobrain pathology and cognitive impairment induced by chemotherapy in mice(視覚・聴覚刺激を通して γ波同期を誘導することで化学療法後の病理反応や認知障害を抑えることができる)」だ。
アルツハイマー病の神経変性を抑えることができるなら、化学療法後に起こる神経変性にも効果があるのではないかという素朴な問いからこの研究は始まっている。
まずマウスに電極を装着して視覚、聴覚から40Hz刺激で同期した γ波を脳に発生させる事を確認した後、一般に白金製剤と呼ばれる抗ガン剤の一つシスプラチンを投与し、同時に γ波刺激を1日1時間、21日間続けている。
シスプラチンはDNAに結合して複製時にDNAが切断されるが、γH2AXに対する抗体で検出すると、切断部位が低下している。また傷害部位のミクログリア数の上昇やアストロサイトの活性化も抑えられる。
Single cell RNA sequencing でこの差の原因を調べると、もともとシスプラチンにより多くの遺伝子が変化するので評価は難しいのだが、特にミエリン鞘を形成するオリゴデンドロサイトで、ミトコンドリア代謝などに関わる遺伝子が上昇し、細胞死に関わる遺伝子は低下することがわかる。また、活性の変化が見られるミクログリアを調べると、シスプラチン抵抗性分子や翻訳に関わる分子が上昇、一方で自然炎症に関わる分子が減少している。
オリゴデンドロサイトで最も大きな変化が認められたことから、組織的に調べると、前駆細胞の増殖は見られないが、細胞死が抑えられるため減少程度が抑えられている。
このように神経変性、特にオリゴデンドロサイトが守られ脱髄が防がれる事で、さまざまな認知機能障害が抑制され、また不安神経症の発生も抑えられる。またこれらの改善は、シスプラチン投与と γ波刺激を行った後130日経っても見られる。特にシスプラチン投与を受けない正常レベルへの回復が γ波治療を行った群で著しく、臨床応用への期待が高まる。
一方で、シスプラチン投与後、脳の病理変化が固定されてしまうと、γ波刺激は脱髄も含めて病理学的変化をもとには戻せないが、ミクログリアの活性やアストロサイトの炎症性変化はもとに戻すことができ、問題を処理し解決する能力が回復する。
最後に、シスプラチン以外の抗ガン剤で同じ効果が見られるか、メトトレキセート投与と γ波刺激を行った後、組織学的、認知行動学的解析を行い、オリゴデンドロサイトの減少が防がれ、ミクログリアやアストロサイトの炎症性変化が抑えられる事を示している。
結果は以上で、全てマウスの実験だが、すでに γ波刺激は治験が進んでおり、安全性も確認されているので、特に小児の化学療法時に問題になる脳への副作用を抑えるための治験も進めてほしいと思う。何か急速に γ波刺激両方が拡大してきている印象がある。
ついでに老化による変性にも効くかも知りたい。