私たちの身体は微生物の感染に対し、まず自然免疫や白血球の骨髄からの動員で対応する。造血系で他の系列にバイアスがかかった前駆細胞もバイアスを外して白血球分化へと振り向ける。
今日紹介するニューヨーク・コロンビア大学からの論文は、胎児では感染炎症に対する白血球増多反応が強く抑えられていることを示した研究で、2月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Maternal inflammation regulates fetal emergency myelopoiesis(母親の炎症が胎児の緊急白血球増多を調節する)」だ。
この研究は実験としては比較的古典的で大規模な研究ではないが、血液の発生を長く研究していても全く考えもしなかった現象を取り上げていたので驚いた。課題はシンプルで「なぜ新生児は白血球増多が起こりにくいのか?」という臨床的な問いだ。
まず、様々な幹細胞を胎児肝臓と成体骨髄で比べても、特に違いはない。また、ほぼ全ての幹細胞で増殖期が胎児の方が増加している。ところが、培養すると白血球幹細胞の増殖が抑えられている。一方、試験管内で IL1β のような強い炎症シグナルに晒すと、白血球増多は回復する。
この違いを解明するため、single cell RNA seq や ATACseq などを用いて、例えば白血球への運命決定に関わる PU1 などの転写因子へのアクセスが出来ないのかなどを調べているが、クロマチンレベルではほとんど変化は見られず、血液としては白血球増多シグナルに反応出来るはずであることがわかる。
そこで母胎に LPS 注射で炎症を誘導して胎児内の白血球を調べると、炎症は感知しているにもかかわらず、白血球増多が全く見られない。母胎に LPS 投与した胎児の肝臓を取り出して培養しても同じで、白血球分化が見られない。しかし、白血球をリクルートする前駆細胞は全く正常に反応していることがわかる。
要するに母親で炎症が誘導され、様々な炎症性サイトカインが分泌されると胎児もそれにしっかり反応するのだが、白血球への最終分化が抑えられていることになる。
すなわち環境からの炎症を抑える要因によりこの現象が誘導されているようなので、炎症を抑えるサイトカイン IL-10 に注目し、IL-10 欠損マウス母胎を用いる実験を行うと、胎児が IL-10 発現にかかわらず、母胎からの IL-10 が存在しないときに母胎の炎症刺激が胎児の白血球増多を誘導できることを発見する。
すなわち、母胎は炎症に晒されると IL-10 を分泌して胎児を炎症から守っていることになる。実際、IL-10 が母胎から来ないと、白血球増多は起こって感染に対応できる可能性はあるが、胎児が死産になることも示している。
最近、IL-10 とセラミドの関係についての Flavel 研からの論文を紹介したが、IL-10 は新しい展開を見せてきたようだ。