細胞が経験した事象を生体内で記録するイベントレコーディングの方法開発が進んでいる。一つは刺激による転写変化を用いる方法で、古くは神経刺激による Fos などの一過性変化を用いて、パーマネントに細胞標識を行う方法だが、最近ではクリスパーを使って新たに細胞内に変異を蓄積してバーコードにする手法などがある。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、酵素反応を用いて相互作用している細胞表面に標識を行う方法で、転写をイベントレコーディングのシグナルに用いる方法と比べ、既存のさまざまな技術を組み合わせることができる点で面白い方法だ。タイトルは「Universal recording of immune cell interactions in vivo(生体内免疫細胞間相互作用の普遍的レコーディング)」で、3月6日号 Nature にオンライン掲載された。
この方法は2018年に発表されており、その時は細胞表面の CD40L と CD40 の相互作用を記録するのに使われている。方法の原理だが、細胞表面に黄色ブドウ球菌由来の Sortase を発現させ、この細胞にビオチン化した LPTXTG分子を供給すると、オリゴグリシンを細胞膜上に発現する相手型の細胞をビオチン標識できるという、少しややこしい方法だ。最初の論文では CD40L に Sortase(SrtA) を結合させ、CD40 にオリゴグリシンを結合させる事で、両者が相互作用した時 CD40陽性相手方細胞をビオチンラベルできる事を示していた。
ただ、このようなあまりに分子特異的標識法では用途が限られるため、この研究では SrtA をそのまま細胞表面に発現させ、相手型は Thy1分子N末にオリゴグリシン(g5) を発現した人工分子を発現させることで、特定の細胞がどの標的細胞と反応しているのかを記録できるようにしている。
さまざまな基礎実験を行った上で、免疫系に絞って生体内での相互作用を調べている。
- 卵白アルブミン特異的 T細胞表面に SrtA を発現させ腹腔注射し、抗原をロードした G5発現樹状細胞(DC)とリンパ節内で会合させ、ビオチン化 LPTXTG を注射すると、リンパ節の DC の6%ぐらいがラベルされる。この時 MHC-II をブロックするとラベルされないので、抗原ペプチド/ MHC を介して相互作用した DC を特異的にラベルできていることがわかる。
- 次に Treg と反応する細胞を調べている。全身に G5-Thy1 を発現するマウスで、FoxP3-Cre で Treg 特異的に SrtA を発現させ、刺激なしにビオチン化LPTXTG を注射すると、予想通り Treg と相互作用している DC がラベルされる。そして、DC の中でも全身を移動している DC がラベルされることが明らかになった。ただヘルパーT細胞/DC相互作用と比べると、MHC-IIブロックの影響は大きくなく、Treg が MHC-II を介してだけでなく、他の分子を介して DC と相互作用していることがわかった。Treg刺激の抗原を特定するためには極めて重要な方法になると思う。
- 次にB細胞に SrtA を発現させ、抗原刺激後の胚中心で B細胞と相互作用を行う T細胞を調べ CXCR5 と PD1 を強く発現した FH-T細胞だけがラベルされる事を示し、極めて特異的T/B相互作用を捉えられる事を示している。
- リンパ球以外に SrtA を発現させる実験も可能だ。腸上皮と相互作用するリンパ球を、single cell RNA sequencing と組み合わせて調べている。腸上皮特異的に SrtA を発現させ、ビオチン化 LPTXTG を注射すると、その時腸上皮と相互作用していたリンパ球をラベルすることができる。こうしてラベルされた細胞を DNAバーコードをつけたビオチンに対する抗体と反応させる事で、相互作用がないためラベルされなかった細胞から区別した上で、腸内の全免疫細胞について single cell RNA sequencing を行い、腸上皮と相互作用していた細胞の遺伝子発現を調べると、Eカドヘリンと結合する αE/β7インテグリンを発現したT細胞が特異的にラベルできる事を示している。この結果は、将来の応用範囲の広さを感じさせる。たとえばガン組織に SrtA を発現させる事で、そこでがん細胞自体、あるいは環境細胞と相互作用するT 細胞を特定し、さらには 抗原受容体まで特定できる可能性がある。
- 最後に、LCMウイルス特異的CD8 に SrtA を発現し、G5-Thy1 を発現したマウスに移植、そこに LCMウイルスを感染させるとともにビオチン化LPTXTG を注射して、ウイルス特異的T細胞と相互作用する細胞を調べている。結果、リンパ節では DC だけでなく、さまざまなタイプのマクロファージが相互作用している事、さらにリンパ節だけでなく、肺、肝臓など多くの組織でマクロファージとウイルス特異的CD8T細胞の相互作用が起こっている事を明らかにしている。
以上、詳しく紹介しても仕切れない量のデータだが、免疫系だけでなく、さまざまな細胞間相互作用を調べるのに重要なテクノロジーになる予感がする素晴らしい論文だった。