CRISPR−CASを用いた遺伝子編集については実用フェーズに入っているのでほとんど紹介することがなくなったが、今日は他の遺伝子編集法も含めて肝臓の遺伝子編集、しかもエピジェネティック編集を検討したミラノ・サンラファエロ科学研究所からの論文を紹介する。タイトルは「Durable and efficient gene silencing in vivo by hit-and-run epigenome editing(ヒットエンドランエピジェネティック編集を用いて生体内で長期的遺伝子サイレンシングを誘導する)」で、2月28日 Nature にオンライン掲載された。
遺伝子編集治療の開発に適した遺伝子として肝臓で合成される Pcsk9 がある。Pcsk9 は肝臓で合成、分泌され LDL受容体を分解する。これによって、血中からの LDLコレステロールのクリアランスが低下するため、コレステロールが上昇する。従って、この分子の機能が亢進する変異は家族性の高コレステロール血症を来し、逆に欠損する患者さんでは低コレステロール血症になる。
以上の結果、Pcsk9 の機能阻害はコレステロールを下げるので、様々な開発が進んでいるが、現在のところモノクローナル抗体以外に決め手はない。従って、遺伝子治療の標的としては、メカニズムから臨床状態まで既にわかっている格好の標的になる。
まず siRNA治療が行われ、その第2相治験結果は The New England Journal of Medicine に発表され、1回の投与で180日間コレステロールレベルを半減させるのに成功している(N Engl J Med 2017;376:1430-40.)。
この効果を永続させる目的で、次に目指されているのは遺伝子編集による遺伝子ノックアウトで、2021年 CRISPR/Cas によるサルの肝臓から Ocsk9 をノックアウトする論文が報告された(Nature | Vol 593 | 20 May 2021 | 429)。
実際にはこれで十分という気もするが、遺伝子ノックアウトの代わりに、Psck9 プロモーターをメチル化でエピジェネティックにサイレンシング出来ないか調べたのが今日紹介する論文だ。
元々このグループはレトロウイルスがすぐにサイレンシングされることをヒントに、KRAB、DNMT3A、DNMT3L の3種類の遺伝子を標的にリクルートすることで、DNAのメチル化を誘導し、長期間続く遺伝子サイレンシングが誘導できることを明らかにしていた。
そこで、3種類の遺伝子編集法、ZFN、TALE、CRISPR をこの目的に使う方法を開発し、試験管内で効率を調べ、ZFN法が最も優れていることを確認する。CRISPR もほぼ同じ力がありそうだが、やはり3種類の分子を標的にリクルートするとなると ZFN の方がいいようだ。とはいえ、ZFN法は無関係な遺伝子のの発現に影響を及ぼす問題があることも示している。
その上で、ZFN法に必要な3種類の蛋白質の mRNA を、Covidワクチンと同じようにリピッドナノ粒子につめて、マウスに静注すると siRNA と同じ程度の効率(-40%)で血中 Psck9 を低下させる。ただ、この実験でコントロールに使った CRISPR の方が体内では効率が良かったようで、最後にさらに効率化した一つの ZFN に3種類のエピジェネティック編集因子を結合させた分子をデザインし、これを投与することで CRISPR を越える−74%減少を達成している。
結果は以上で、著者とは違って3種類の分子をリクルートする場合でも CRISPR はなかなか行けるという印象を持った。しかし、ZFN、そしておそらく TALE も舞台を選べば再登場もあり得ると思った。
いずれにせよ、肝臓を少し切り取って再生させても、メチル化パターンは維持されることから、リピッドナノ粒子を用いて肝臓を標的にしたエピジェネティック編集も一つの選択肢になることがよくわかった。是非これを脳脊髄など、今後遺伝子編集がのぞまれる組織へと広部手欲しい。