ガンゲノム解析でほとんど違いはないのに、同じ治療の効果が全く違うという症例は多い。当然、エピジェネティックな違いがこの違いを決めていると思われるが、まだまだよくわかっていない。
今日紹介する韓国テジョンのKAISTからの論文は、膵臓ガンの悪性化に手を貸すエピジェネティックメカニズムに、ヒストンのアルギニン部位のメチル化酵素が関わる可能性を示した研究で、3月19日号 Cell Reports Medicine に発表された。タイトルは「PRMT1 promotes pancreatic cancer development and resistance to chemotherapy( PRMT1 は膵臓ガンの発生を促進し化学療法への抵抗性に関わる)」だ。
私の頭の中はヒストンメチル化というと、リジンのメチル化がインプットされてしまっているが、実際にはアルギニンもメチル化され、基本的にはクロマチンをオープンにする働きがあるらしい。
この研究では多くのガン、特に Ras変異によるガンでアルギニンメチル化酵素が上昇していることに注目し、マウス膵臓ガンモデルで single cell RNA sequencing を行い、特に PRMT1 の上昇が著しいこと、人間のガンで PRMT1 の発現が高いと予後が悪いこと、そして PRMT1 阻害剤で膵臓ガン細胞の増殖が抑えられることを明らかにしている。
次に、膵臓ガン発生を誘導するモデルで、膵臓特異的に RPMT1 ノックアウトマウスと正常マウスを比べると、PRMT1 ノックアウトマウスではガンの発生が遅れることも示している。
このように PRMT1 はガンの状態を最適に整える役割を演じているようで、そのメカニズムを遺伝子発現やクロマチン構造変化の解析を用いて調べると、GLUT1 やヘキソースキナーゼなど、グルコース代謝を高める酵素の遺伝子のクロマチンをオープンにすることでガンの増殖を助けることを示している。
最後にこの結果の臨床応用への可能性を調べる目的で、膵臓ガンに処方される率の高いゲムシタビンとPRMT1 阻害剤フラミジンを組みあわせた治療効果を、マウスに移植した膵臓ガンモデルで調べている。
結果は、それぞれ単独では得られない高い腫瘍抑制効果が見られるが、用いられた実験系ではガンの増殖を完全に止めるまでには至っていない。
以上が結果で、完治を望めないとはいえ、ゲムシタビンとの併用剤としての PRMT1 阻害剤の可能性を示している。最近では、膵臓ガンの患者さんからオルガノイド培養が可能になっており、実際の治療経過をもう一度試験管内で確かめることも可能なので、症例ごとに解析してみるのも重要だと思う。阻害剤は存在するようなので、是非臨床応用の可能性を追求して欲しい。