細胞培養は生体を反映できない人工物という考えは根強くある。しかし、Austin SmithがES細胞の様々な状態を誘導する培養法を開発し、実際の胚と詳しく比較した研究によって、多能性幹細胞の多様性とともに、実際の胚発生過程の理解も大きく進展した。このように、細胞培養と実際の組織の比較の重要性は、腸の幹細胞オルガノイド培養を開発した慶応の佐藤さんの業績からもわかる。
今日紹介するロックフェラー大学 Fuchs 研究室からの論文は、皮膚幹細胞培養を、ES細胞や腸上皮幹細胞培養法のレベルに一段と高めた研究で、3月8日号 Science に掲載された。タイトルは「Vitamin A resolves lineage plasticity to orchestrate stem cell lineage choices(ビタミンAは細胞分化可塑性を解消して幹細胞分化決定を指揮する)」だ。
Fuchsは皮膚幹細胞培養で有名な Green 研出身で、いわば幹細胞培養の先駆者だ。しかし、皮膚幹細胞の培養と、それを用いた皮膚移植治療まで実現しているが、ES細胞や腸管細胞の培養と比べると、皮膚幹細胞培養は大きく見劣りしていた。その結果、未だに培養皮膚はエピスキンのような単純なシステムで我慢しなければならない。
これを根本的に変えようと、オルガノイド培養を基礎に、培養と生体を対応させるための様々な分子マーカー標識を使い、また培養からの結果を生体内で確かめる操作を繰り返したのがこの研究で、妥協を許さない執念の研究だ。
その結果、血清入りで培養した幹細胞は、毛根(HF)と上皮(Ep)両方の分化能を持つ可塑性の高い幹細胞が中心になっていたこと、そして血清抜きの培養では毛根特異的幹細胞(HFS)と上皮幹細胞(EpS)が分離することを見いだす。
次に EpSマーカーを抑える培養条件を検討し、最終的にレチノイン酸(RA)が EpS への分化能を抑え、HFS を選択的に培養するのに必須であることを見いだす。そしてこれに PKC阻害剤 PKCi を加えることでほぼ純粋な HFS を培養できることを明らかにする。
後はここから培養条件を変えてHFで見られる細胞を選択的に誘導できるか調べている。ここまで来ると、毛根についての研究は厚く、結局WntとBMPが分化の方向性を決めることを明らかにしている。
詳細を飛ばしてまとめると次のようになる。
- BMP6はRA存在下で細胞周期をG0休止期へ誘導する。すなわち、バルジ領域の幹細胞への分化を誘導する。
- BMP の影響がなくなると、細胞周期への移行が可能になり、Wnt が増殖を維持する。
- この時、RA の影響がなくなると毛包細胞や Ep への分化が起こる。
- 毛球細胞は特に強い Wntシグナル存在下でRAの影響がなくなることで形成される。
- 皮膚損傷では一過性にRA刺激が消失するため、HFS から可塑性幹細胞、そしてEpへの分化が促進されることで皮膚損傷治癒が促進される。
- これら試験管内の結果は、生体内の毛根で全て検証できる。例えば RA を塗ることで、毛根の維持形成が促進され、逆に RN が阻害されると皮膚損傷治癒は促進されるが、毛根の形成は抑えられる。
以上、HFS の試験管内維持と、そこからの決まった方向への分化誘導、さらにそれを移植して毛根再構成など、完全な分化増殖の試験管内コントロールに大きく近づく一歩だと思う。大分はしょって紹介しているので、是非論文を読んで欲しい執念の研究だ。