遺伝子変異があるからと言って、遺伝子導入しか治療法がないと考える必要はない。全くタンパク質が作られない変異はともかく、作られたタンパク質の機能異常による病気の場合、欠けた機能を回復させるための薬剤が開発できる可能性がある。この戦略が成功することを示す典型がクロライドチャンネルの一つCFTRの変異に起因する嚢胞性線維症(CF)の薬剤治療で、このHPでも一度紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3450)。
CF患者さんの約9割(世界全体では73%)は、片方あるいは両方の染色体でCFTRの508番目のフェニルアラニンが欠損した変異タンパクが作られるタイプで、この変異の結果、1)細胞膜への輸送、2)細胞質内での安定性の低下、そして、3)クロライドチャンネルの閾値の低下が起こる。これに対し、それぞれの異常を別々に改善するための薬剤が開発され、臨床治験が行われてきた。その結果、個々の薬剤では大きな改善が見られないが、分子のプロセッシングを改善して細胞表面上のCFTRを増加させるtezacaftorとチャンネルの閾値を下げるivacaftorの組み合わせにより、変異遺伝子をhomozygousで持つCF患者さんには効果が認められることが示された。
今日紹介するテキサス大学を中心とする国際チームの論文は、2剤併用では効果が低かった、片方が508番アミノ酸欠損、もう片方はほとんど機能が欠失した様々な変異が集まった患者さんに、これまでの2剤とともに、新しい次世代機能安定化剤を加えて、細胞あたりの機能性タンパク質の量を増やす3剤を試した治験で10月31日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Elexacaftor–Tezacaftor–Ivacaftor for Cystic Fibrosis with a Single Phe508del Allele(片方がPhe508del変異を持つ嚢胞性線維症に対するElexacaftor–Tezacaftor–Ivacaftor3剤治験)」だ。
治験では403例の患者さんを無作為に2群に分け、片方は3剤、もう片方は偽薬を投与し、24週間肺機能(1秒率)、肺症状の一過性増悪、汗のクロライド量、などの検査とともに、自覚症状に基づく基準も用いて評価している。
結果は全ての患者さんが、全てのテストで、しかも2週間目から劇的に回復し、24週まで回復状態を維持できたという結果だ。汗中のクロライドの濃度が急速に下がっていることから、確かにCFTRの機能が回復できたことも確認できる。一方副作用の方は24週間で偽薬群と特に変わりがなく、十分長期の服用に耐えるという結果だ。
この治療は全てVertex社により開発されたもので、2012年にチャンネル閾値が低下している変異をivacaftorにより改善させられることを明らかにしたあと(この時約5%の患者さんが治療可能になった)、安定化のための薬剤を一つづつ開発、2018年2剤併用で全体の46%の患者さんが治療可能になり、そして今回の治験で90%の患者さんを治療できるようになった。すなわち、ついに患者さんたちの夢が叶ったことになる。
このような論文を読むと、医学は着実に発展しているという実感を持つ。