研究が進めば進むほど、外野から分かりにくくなっていく領域がある。最近で言えばその典型が細胞死の分野だと思う。私たちの学生時代は、細胞死=ネクローシスだった。しかしこんな細胞の死に方は周りの迷惑になる。ところが、発生では落ち葉が落ちるように、周りを助けるために多くの細胞が静かに死んでいく。これがプログラムされた細胞死で、私がまだ現役のうちに急速に進んだ。現在阪大の長田さんをはじめ、アポトーシスの分野をリードしたわが国の研究者は多い。ところが、それぞれの生化学的経路がわかって、カスパーゼ同士の相互作用や炎症との関連がわかり始めると、急速にこの分野は複雑になる。その結果、今やネクローシス、アポトーシスをはじめ、ネクロトーシス、ピロトーシスなど、専門家以外にはフォローが難しい状態になっている。
今日紹介するケルン大学からの論文はこの複雑さの鍵となっているカスパーゼ8を、ほぼ全て遺伝子改変を用いたマウス遺伝学を追求した研究で、この研究分野の複雑さがよくわかる例として選んだ。タイトルは「Caspase-8 is the molecular switch for apoptosis, necroptosis and pyroptosis (カスパーゼ8はアポトーシス、ネクロトーシス、そしてピロトーシスの分子スイッチになっている)」で、11月21日号のNatureに掲載された。
アポトーシスは静かな死と言えるが、これにはカスパーゼ8がカスパーゼ3を活性化することが関わっている。しかし、時により周りの細胞を守るためには静かな死ではなく、大騒ぎした死に方も大事で、プログラムされたネクローシス、すなわちネクロトーシスの存在が提唱され、この時中心になるのもカスパーゼ8であることがわかった。しかし、カスパーゼ8はまるっきり異なる細胞死に関わるとすると、その分子機能は多様で精密に制御される必要がある。
この研究では、カスパーゼ8のセリンプロテアーゼ活性だけを欠損させたマウスを作成して、酵素活性とは異なる部位のカスパーゼ8の機能を調べている。細胞系列特異的ノックアウトや、他の分子のノックアウトと掛け合わせたレスキュー実験など極めて複雑で、時間のかかった力作だが、あまりにも複雑なので、詳細は全て割愛して結論をまとめてみる。
血管内皮、皮膚、腸管上皮特異的に変異型カスパーゼ8(mC8)を導入すると、炎症の誘導を伴う様々な異常が誘導できる。すなわち、カスパーゼの酵素活性がなくても様々な異常を誘導できる。この時、ネクロトーシス経路が活性化される場合はMLKL分子が必須で、実際この分子のノックアウトしてやるとネクロトーシスは抑えられる。そこで、mC8マウスにMLKLノックアウトを掛け合わせることで、それぞれの組織異常が正常化するか調べると、心臓血管系、皮膚の異常は完全に抑制できることがわかった。すなわちこれらの組織では、カスパーゼ8の酵素活性がないと、ネクロトーシスが活性化される、賑やかな死が誘導されて、様々な異常がおこる。一方腸管では、MLKLをノックアウトすると、さらに異常が強くなることがわかった。
この原因を調べるうち、サイトカインが多量に分泌されるようになること、そしてASC分子の沈殿が起こるという、カスパーゼ1が主役のピロトーシスが起こっていることに気づく。すなわち、腸管ではカスパーゼ8がピロトーシスのスイッチに効いていることが明らかになった。実際、カスパーゼ1やASCノックアウトをこのマウスにかけ合わせると、腸管の異常は消えることも確認している。
以上が結果で、カスパーゼ8の酵素活性がアポトーシスに関わることを考えると、カスパーゼ8は様々な分子との相互作用を介して、静かな死から、賑やかな死まで様々な死に方の選択に関わっているという結論だ。しかし、余計にわかりにくくなったかもしれない。