ダウン症は21番目の染色体の数が1本増えることで起こる病気で、知能の発達遅延とともに、様々な身体的変化を合併する複雑な状態を指す。確かに染色体数は増えてはいるが、21番染色体上の遺伝子は正常なので、なぜ様々な症状が出るのか、まだまだ基本的なことがわかっていない。そのため、一部の対症療法を別にすると、これまで基本的な症状に対する治療法は全く開発されていない。
今日紹介するテキサス・ベーラーカレッジからの論文は、ダウン症の原因となるトリソミーにより脳細胞がストレスを受けるため、翻訳の開始が低下するのが症状の一つの原因で、この経路を正常化してやることで、トリソミーはそのままで症状を改善させられる可能性を示した論文で11月15日号のScienceに掲載された。タイトルは「Activation of the ISR mediates the behavioral and neurophysiological abnormalities in Down syndrome (統合的ストレス反応が活性化されることがダウン症の行動や神経生理学的異常の原因になっている)」だ。
この研究では最初からトリソミーは統合的ストレス反応によりタンパク質の翻訳が低下させ、これが症状につながるのではないかと仮説を立て、その検証から始めている。まず統合的ストレスが起こると、elF2aを介して翻訳が低下するため、mRNA上のリボゾームの数が低下する(ポリゾームが減る)。そこで、ダウン症と同じトリソミーを持ったモデルマウスの海馬や皮質を調べると、正常マウスに比較してポリゾームが低下していることを確認し、確かに総合的ストレス反応が起こっていることを明らかにした。また総合的ストレスはelF2がリン酸化されることで転写開始を抑えるが、ダウン症モデルでは、ポリゾームの低下と並行してリン酸化eIF2が上昇していることを明らかにしている。
elF2のリン酸化は4つの経路で誘導されることがわかっているが、ダウン症モデルの場合、例えばウイルス感染などで誘導されるPKR分子経路が活性化されていることを発見する。
このようにメカニズムの一部とその経路が明らかになると、治療可能性が生まれる。これを確かめるため、まずPKR遺伝子をノックアウトしたダウン症モデルマウスを作成して、記憶や行動を生理学的に調べると、完全ではないが大きな改善が見られている。
最後に、統合的ストレス反応を抑えることが知られている化合物ISRIBをマウスに投与し、長期記憶能力を回復させられること、これが抑制性神経の興奮を抑えることを介して起こっている可能性を示唆している。結果は以上で、トリソミー、PKR活性化、elF2リン酸化による統合的ストレス反応、翻訳異常、神経症状、という連鎖を明らかにして、遺伝的変異をそのままにしてダウン症を治療できる可能性を示したと言える。おそらくISRIBを用いる治療は他の問題も大きいと思うので、今後はPKR阻害を標的に研究を進め、ダウン症の症状を少しでも改善してほしいと思う。