70歳を越すと、身体的にも、精神的にも自分が老化してきたことを否応なしに感じさされる。身体的な衰えはいうまでもなく、例えば付き合う人の数もずいぶん少なくなったように感じる。ただ、今でも内外の学生さんや、顧問先の若手と話をするときは楽しいし、結局様々な精神的変化も、老化を自覚して自分で選んだというより、チャンスの問題だとも感じる。
いずれにせよ、高齢になると、付き合う人間の数が減り、相手も気心の通った、あまりストレスのない仲間に限られてくるのは、一般的な傾向として存在し、心理学ではこれをsocial ageing phenotypeと呼んでいるらしい。
今日紹介するミシガン大学からの論文は、昨年私も見に出かけたウガンダ・キバレ自然保護区に住む高齢のチンパンジーの行動を克明に観察し、人間の高齢者と比べることで、人間の高齢者の社会性の起源を探ろうとした研究で、10月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social selectivity in aging wild chimpanzees(高齢の野生チンパンジーに見られる社会的選択制)」だ。
研究は単純だが、長期的視野に立った大変な観察研究で、1955年から2016年まで、20年にわたって15歳から58歳までの雄チンパンジーを観察し続け、老化に伴い起こる変化を調べている。
結果をまとめると、
- 高齢になると、毛繕いなどから判断される、相互の友情を重視する関係が増加し、相手に対して一方的にアクションするような関係は減少する。
- 高齢になると、付き合う相手が決まってきて、相手とはお互いに毛繕いなど、強い相互の友情を持つようになる。
- しかし、高齢になる程、大きな雄の群れに属するようになり、社会的適合性が高まっている。
- これを反映して、高齢になる程アグレッシブな行動が減り、他個体との協調性の高い行動が中心になる。
要するに、人間の高齢者と、行動の一般的傾向は同じであるというのが結論になる。以上のことから、多くの種で老化した動物は社会から離脱することが普通に見られるが、チンパンジーでは、身体的衰えを、感情的な社会性の向上で補う結果、人間の高齢者に見られるのと同じ行動パターンが獲得されたと結論している。勝手な想像を働かせると、物分かりの良い説教好きの横丁の爺さんがチンパンジーにも存在することになる。ということは、おそらくチンパンジーは「自分の将来に残された時間が短くなっている」などと考えることはないだろうから(と私が勝手に思っている)、人間、チンパンジーに共通に見られる、高齢者に典型的な行動のほとんどは、老化に伴う感情の変化が社会化されただけの行動で、自分の将来を見越して意識的に選んだ行動ではないことになる。
当然といえば当然だが、昨年ウガンダにチンパンジーとゴリラを見に行ったとき、それぞれの群れに、私のような素人が見てもわかる高齢の個体が、群の一員として行動しているのを見て感動した理由がよくわかった。