骨髄異形成症候群や骨髄性白血病を皮切りに、5AZAなどのメチル化阻害剤が抗癌剤として用いられる様になっているが、5AZAの様な非特異的薬剤が、ある程度ガン特異的な効果があるのか、完全に理解できたわけではない。個人的には、発癌により変化したメチル化パターンによって抑制されたガン抑制遺伝子などを、もう一度活性化させるのかななどと考えているが、メチル化が外れたレトロトランスポゾンが活性化したことにより誘導される二重鎖RNAが、ウイルスと同じ働きをして自然免疫を活性化、最終的にガン免疫を活性化してガンを抑える可能性も存在する。
今日紹介するトロント大学からの論文は、Virus Mimicryと呼ばれるこの可能性を人間のガン細胞で詳しく調べた研究で、学ぶところの多い論文だった。タイトルは「Epigenetic therapy induces transcription of inverted SINEs and ADAR1 dependency(エピジェネティック治療はSINEの逆向きSINEとADAR1酵素を誘導する)」で、10月21日号Natureにオンライン掲載された。
内在性のレトロトランスポゾンの転写が活性化し、Virus Mimicryが誘導されることがメチル化阻害剤治療効果の一端を担うことは広く認められているが、どのレトロトランスポゾンがvirus mimicryに関わるかについては解析は進んでいない。
この研究ではメチル化阻害剤で処理した大腸癌のRNAのうち、自然免疫のRNAセンサーになっているMDA5と結合しているRNAに焦点を当てて網羅的に解析し、メチル化阻害剤で誘導されるのは、SINEと呼ばれる短い繰り返し配列由来の、逆向き反復配列(inverted repeat)(Alu-IR)であることを発見する。
次に、なぜメチル化阻害剤でこのAlu-IRが選択的に誘導され、自然免疫型を刺激するのか、Ali-IRをコードするゲノムを調べ、誘導されるAlu-IRは主にイントロンに存在し、上流に高い密度のCpGクラスターが存在し、閉じたクロマチン構造内に存在する、ゲノムに統合された時期が比較的若いトランスぽゾン由来であることを明らかにしている。
また、転写されたAlu-IRはpolyA付加のシグナル配列を持っており、これにより細胞質へと移行し蓄積され、MAD5と結合して自然免疫を誘導できることを示している。
ただ、いくらガンだからといってIRが細胞内に大量に出回って自然免疫を刺激するのは細胞にとっては迷惑で、当然それを不活化する機構がある。これがRNA編集酵素ADAR1で、実際自然免疫系が刺激を受けるとADAR1が誘導され、アデノシンをイノシンに変換することで、免疫を誘導する二重鎖の形成を阻害する。
そこで、この防御機構を外すため、ADAR1をノックダウンした細胞をメチル化阻害剤で処理すると、細胞内の二重鎖RNA量が上昇し、その結果インターフェロン反応に関わる遺伝子の発現が高まることを示している。
最後に、ADAR1ノックダウンとメチル化阻害剤処理が癌細胞にどの様な影響があるのか、処理細胞を移植する実験系で調べると、ガン腫の形成できる細胞数が強く抑えられることを示している。
以上が結果で、メチル化阻害剤によるvirus mimicryで何が起こるのか、頭の中を整理するためには大変まとまった面白い研究だと思う。おそらくADAR1阻害剤も開発できるはずで、将来メチル化阻害剤と組み合わせる治療も夢ではないと期待する。