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10月10日 新型コロナウイルスが感染した細胞をゾンビ化して利用するメカニズム(10月2日 Cell オンライン掲載論文)

2020年10月10日
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新型コロナウイルス(Cov2)は30kbという大きなゲノムを持っており、27種類以上のタンパク質が翻訳されてくるが、これら遺伝子の機能の多くはホスト細胞を自分の増殖に利用しやすくするするための操作に用いられる。その根幹を占めるのが、ホストRNAを操作して、ホスト側の翻訳を抑える操作だ。

今日紹介するカリフォルニア工科大学とバーモント大学からの論文は、ウイルスのnon-structural protein(NSP)結合しているホストRNA配列を決定し、ウイルスによるホスト翻訳過程の操作の仕組みを網羅的に解析した研究で、10月2日にCellに受理された。タイトルは「SARS-CoV-2 disrupts splicing, translation, and protein trafficking to suppress host defenses (新型コロナウイルスはスプライシング、翻訳、そしてタンパク質輸送を破壊してホストの防御を抑える)」だ。

個々のNSPについての研究はすでに研究が進んでおり、例えばNSP1分子の翻訳制御過程について詳しく調べた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13833)。このような論文を読み漁っていると、もはや新しい切り口は出てこないように感じてしまうが、この研究ではホストRNAとウイルスNSPとの相互作用を網羅的に把握する方法を開発し、まだまだ新しい切り口が存在することを見事に示している。

研究ではCov2がコードする全て(スパイクは除外)のタンパク質に標識をつけた後、個別にホスト細胞に導入し、それぞれのタンパク質に結合するRNAを分離する方法を用いて、10種類(ウイルス全タンパク質の1/3以上に当たる)のウイルスタンパク質がホストRNAと結合していることを明らかにする。そして、それぞれのタンパク質が結合するRNAの配列を決定し、ウイルスタンパク質が特定のRNAを標的にして、ホストを操作していることを示している。もちろん予想されたことだが、全体を示されると、巧妙な仕組みに驚く。

つぎに、こうして特定したRNA結合タンパク質の中から、最も重要と思われる4種類のタンパク質を選んでホスト操作のメカニズムを詳しく解析している。また、特にウイルスにとって死活問題になるホスト側のインターフェロンを抑えるかどうかを指標に、その効果を推定している。

  • NSP16: これまで、NSP16はウイルス自身のRNAのCapメチレースとして働いていると理解していたので、ホスト側のRNAに焦点を絞ったこの研究で、NSP16がなんとスプライシングに関わるノンコーディングRNA, U1とU2に結合するという発見には驚いた。さらに機能的解析から、新たに転写されてきた全てのRNAのスプライシングが、おおよそ1/3程度に抑えられることを示している。もちろん、スプライシングを受けないウイルスRNAは影響を受けない。一方、インターフェロンの翻訳もほぼ1/2まで低下する。
  • NSP1:これについては既に紹介した論文(https://aasj.jp/news/watch/13833)とほぼ同じで、40Sリボゾームの構成成分である18S-rRNAに結合し、翻訳時にmRNAが40S rRNAに潜り込むのを阻害する。この結果、多くのmRNAの翻訳が抑えられるが、ウイルスRNA はもちろん、ハウスキーピング遺伝子の一つGADPHの翻訳は正常に起こることから、この抑制を逃れる仕組みがRNAあることもわかる。このメカにニズムについて、mRNAのリーダー配列(最初のステムループ)とNSP1との結合の結果、mRNAがリボゾームへ潜り込めなくなるためと結論している。従って、NSP1と結合できないリーダー配列を持つRNAは翻訳されると考えられる。いずれにせよホスト側の多くのタンパク質の翻訳が低下するとともに、刺激をしても1型インターフェロンができないことを確認している。
  • NSP8,9:ウイルスタンパク質はどうしてもウイルスRNAの側から見てしまうため、ホストのRNAとの相互作用は忘れがちだが、その典型がNSP8,9だろう。私はこれまでNSP8,9ともに、RNAポリメラーゼの構成成分として理解していた。ところが、ホストRNAの結合サイトを見ると、リボゾームを小胞体とリンクさせ、できたペプチドの輸送に関わる7SL-RNAおよび28S rRNAに結合することを発見する。この7SLRNAを含むsignal recognition particleという仕組みが、できたペプチドを小胞体内へと輸送するのに関わるが、NSP8,9はこの部位に結合して、リボゾームと小胞体のリンクをガイドするタンパク質の結合を破壊、結果ペプチドは細胞内で遊離されてしまう。実際これらのNSPが発現すると、ほとんどの細胞表面タンパク質の発現は強く抑制され、ツルツルの細胞になってしまう。当然インターフェロンに対する受容体や、インターフェロン誘導のための刺激を受ける細胞表面上の様々な分子も、細胞表面までたどり着けないため、インターフェロンに対する反応は抑制される。

以上が結果の要約だが、これまでウイルスRNA との関わりでしか見なかった、NSP16やNSP8,9が、ホストRNAの操作にうまく使いまわされていることを知って、感心した。この研究では、このホスト操作をインターフェロンの分泌と、反応性に絞って評価しているが、実際には操作される範囲はもっと深い。

ウイルスの増殖にはホストの細胞が生きている必要がある。これを実現するため、生かさず、殺さず、うまい具合にホスト細胞をゾンビ化して、新しいウイルス粒子を作らせる仕組みを知れば知るほど、新型コロナウイルスに出会えて良かったと不謹慎ながら思ってしまう。

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