まだ現役の頃、FK506の開発者後藤先生率いる理研の創薬チームのお手伝いをしたことがある。薬剤の開発と言うと、多くの化合物をスクリーニングするハイスループットスクリーニングしか知らなかった私も、コンピュータを使ったデザインや、小さなデザインされたペプチドを使う方法など、様々な方法を学ぶことができた。これらの方法は、タンパク質の高次構造決定方法の進歩に支えられているが、最近のクライオ電顕を使った方法の開発により、デザイン創薬の可能性はさらに高まっている様に思う。
今日紹介するワシントン大学からの論文はウイルスの受容体結合ドメイン(RBD)と相手型のACE2との結合を阻害する小さなペプチドを2種類の方法でデザインして、大腸菌で合成できる阻害剤を開発しようとする研究で10月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「De novo design of picomolar SARS-CoV-2 miniprotein inhibitors(新型コロナウイルスにピコモルレベルで結合する阻害剤を新たにデザインする)」だ。
既に新型コロナウイルスCov2のスパイク分子についての詳細な構造解析ができており、これに基づきRBDが結合するACE2の結合部位のαヘリックスをお手本として、RBDと高い親和性で結合すると思われる20merペプチドをコンピュータで設計している。これと並行して、既にコンピュータ上に蓄積されているライブラリーをin silicoでスクリーニングする方法を用いて、手本なしに結合ペプチドを探索している。
それぞれの探索から得られたペプチド配列を大腸菌で発現させ、酵母の表面上に発現させたRBDとの結合を指標に選び出し、得られたアミノ酸配列をベースに、各部位のアミノ酸を置換させてより高いペプチドを探索、最終的にナノモルレベルの結合親和性を持つペプチドを数種類選んでいる。
こうして選んだペプチドを結合したRBDを最後にクライオ電顕で解析し、RBDと密接に絡み合うことを確認し、最終的にウイルス感染阻害実験で、得られたペプチドの感染阻害能を確かめている。その結果、ピコモルレベルで感染阻害が可能なペプチド2種類分離するのに成功している。
以上が結果で、実際にはこのグループだけでなく、他にも同じ様な試みが行われているのを目にした覚えがある。しかしこの論文を読んでもっとも感心したのは、最初のゴールを、ジェルに混ぜて鼻に塗って、鼻粘膜への感染を予防する製品の開発に絞っている点だ。
高いウイルス感染抑制活性があるとなると、すぐに抗体の代わりに治療という話になる。しかし、循環を通して薬剤をデリバーするとなると、薬剤としての他の条件を満たすために、試験管実験からさらに長い道のりが待っている。しかし、外用薬に限ると、今回開発されたペプチドでも、少し改善すれば使える可能性は高い。さらに、このペプチドは全て大腸菌で生産できるため、生産コストもかなり安上がりに作れる。そのことを明確に意識した提案になっており、感心した。
同じことは、ラマの抗体遺伝子をベースにした一本鎖抗体でも言えるが、これら安上がりに作れる薬剤は、積極的にジェルによる鼻粘膜塗布や、吸入薬、口内タブレットなど、感染の第一線での予防目的で使うことは、完全に感染を防げなくても、感染量を減らし、また社会に流通するウイルス量を減らす意味で、かなり重要な手段になるのでは個人的には大きな期待を寄せている。