今日の論文ウォッチをアップロードした後(こちらも臨床的には重要な論文なのでぜひ目を通して下さい:https://aasj.jp/news/watch/13990)、新しいNatureを読み始めたら、ゲノム人類学の父とも呼べるSvante Pääboさんの研究室から驚くべき論文が目に飛び込んできた。
論文を要約すると、新型コロナウイルス重症化の遺伝的リスク探索から特定されてきた3番染色体の領域の人類学的由来を調べると、Vinjaで発見されたネアンデルタール人ゲノムにほぼそのまま残っており、このネアンデルタール人グループとの交雑を通して、我々ホモサピエンスに流入した領域であるというのだ。
そして、このリスク遺伝子が最も保持されているのが南アジア、特にインド、バングラデッシュの人たちで、次がヨーロッパ、米国ときて、我々東アジア人にほとんど存在していないことを示している。もちろんネアンデルタール人との交雑が見られないアフリカの人たちには全く存在しない。
以上が結果で、最初に特定された新型コロナウイルス重症化のリスク遺伝子がネアンデルタール人由来であるという話は話題を呼ぶと思う。ただ、私は偉大なゲノム人類学者Pääboさんの論文を読んで、新型コロナウイルスとの戦いが、全ての生命科学分野を動員する戦いとして行われていることを実感した。
最後に強調しておきたいのは、ネアンデルタール人由来領域は新型コロナウイルス感染重症化に関わる一つの要因でしかなく、全てをネアンデルタール人の呪いのせいにしない様お願いしたい。
しかしPääboさんに脱帽。
このブログでも何度も紹介したがガン細胞上の抗原に対する抗体をT細胞受容体と合体させたキメラ抗原受容体T細胞治療の効果は目を見張るもので、半数近くが長期間完全寛解をはたす。そして白血病細胞だけでなく、同じCD19抗原を発現しているB細胞も完全に除去されるのをみると、免疫システムの威力を改めて感じさせる。
ただ、抗原刺激によるサイトカインストームは最初の段階から副作用として指摘されており、CD19を標的とするCAR-Tの場合、全身にB細胞も存在することから、神経への障害も含めてほとんどの副作用はサイトカインストームによるとされてきた。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はCD19を標的とするCAR-T治療に起因する神経障害がなんと脳血管の周囲細胞がCD19を発現していたために障害された可能性を示す、臨床的には重要な論文で10月1日号Cellに掲載された。タイトルは「Single-Cell Analyses Identify Brain Mural Cells Expressing CD19 as Potential Off-Tumor Targets for CAR-T Immunotherapies(脳のsingle cell解析により血管周囲細胞がCD19を発現してCAR-T免疫治療のオフターゲット標的になることが明らかになった)」だ。
CAR-Tによる神経障害がB細胞以外の細胞がCD19を発現しているのではないかと睨んだ著者らは2500人近くの脳のsingle cell RNA発現解析データを解析し、脳全体では0.2%程度の細胞が血管周囲細胞遺伝子とともにCD19を発現していることを発見する。極めて少ない集団なので、本当かどうか慎重に確かめる実験を行い、平滑筋も含む多くの周囲細胞が脳ではCD19を発現していると結論し、人間の脳の免疫染色でもこれを確認している。発現量だが、幼児期に高く年齢とともに低下する。また、ほぼ脳の周囲細胞だけで発現が認められる。
以上の結果をもとに、マウスモデルでCD19に対するCAR-Tを注射して脳の変化を調べている。人間と比べてマウスの周囲細胞はCD19の発現が高くはないが、周囲細胞が脱落し脳血管関門の機能が低下し、アルブミンが浸出することを発見している。
以上が結果で、臨床的には重要な指摘だと思う。もちろん、生存期間など患者さんへのベネフィットは大きく、副作用の可能性としてあらかじめ理解していただくしかないが、脳以外の組織では発現がないことから、脳血管周囲細胞の発現する他の抗原を用いて、CAR-Tの作用を抑えるといった治療法も考えられる。ただ、費用の面から現実的かどうかはよくわからない。
読んでいて、脳血管周囲細胞の障害性をモニターする目的で、脳血管の窓口とも言える網膜血管を調べるのも面白いのではと思った。現在クリニックを開業している植村君は、網膜周囲細胞のsingle cell 解析を行なっていた様に記憶しているので、脳と同じ様に発現がみられるなら、障害性を早期発見するために役立つかもしれない。