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10月30日 コロナウイルスの細胞外への排出(10月22日 Cell オンライン掲載論文)

2020年10月30日
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新型コロナウイルス(Cov2)に限らず、コロナウイルスや、ウイルスによる肺炎とその重症化などまだまだわからないことは多い。でも科学者OBとして言えることは、着実にコロナウイルスの科学は進んでおり、この延長に必ずウイルス制圧が約束されていることだ。ただ、新しいエキサイティングな発見を、科学者がわかりやすく発信するのが難しいこともよくわかったが、AASJでは新型コロナウイルスについても、これまで通り誠実に研究内容の面白さを伝えていくつもりだ。幸い、今週発表された論文は、少なくとも私の中の新型コロナウイルスについての理解を大きく前進させてくれた論文が多かった様に思うので、連続的にコロナ関係の論文を紹介することにした。

最初は米国国立衛生研究所からの論文で細胞の中で複製したウイルスが細胞外に排出される過程を調べた研究で10月22日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「β-Coronaviruses use lysosomes for egress instead of the biosynthetic secretory pathway(βコロナウイルスは生合成―分泌経路ではなくリソゾームを使って細胞外へ排出される)」だ。

Cov2に限らずコロナウイルスの生活サイクルを見ると、ホスト細胞の膜やオルガネラを上手にコントロールして、自己を守りながら複製していることがわかる。このあたりの生物学については、梅田北ヤード再開発に関連して阪急阪神不動産株式会社と一緒に準備中の「参加型ヘルスケアプロジェクト」の事業として改めて紹介していきたいと思っている。生活サイクルの中で研究が遅れており、頭の整理がついていないのが、小胞体内で形成されたウイルス粒子が細胞外へ排出される過程だ。ほとんどの総説では、エキソサイトーシス(exocytosis)とぼかして表現しているが、基本的にはノーベル賞を受賞したシェックマンが解明した生合成―分泌経路を使う様に描かれていた。

この様な輸送経路が重要な研究課題になる理由だが、私たちの細胞の中で作られた分子は、単純に細胞外へ滲み出すのではなく、違う行き先を持つ小胞に乗せられて、正確に目的地に輸送される。どのトラックに乗せられ、どの輸送基地に集積するかなど、見事なシステムが出来上がっているので、どの経路を使うかは、ウイルスにとって死活問題になる。

この研究は、実験のしやすいマウス肝炎ウイルスをコロナウイルスとして使っているが、重要なポイントではCov2感染実験も加えて研究を行なっている。まず最初に、本当に生合成―分泌経路がウイルス粒子の排出に使われているか、この経路だけ阻害するBrefeldinという阻害剤を用いて調べ、この輸送経路が遮断されてもウイルスが排出されることを発見している。

そこでもう一度細胞内のウイルス粒子の動きと、細胞内の小胞の動きを比べ、最初小胞体で合成され、核周辺のゴルジネットワークに集まったウイルス粒子が、後期には分解に関わるライソゾームに集まることを発見する。この辺りは、細胞生物学のプロの研究で、それぞれの輸送システムの分子機構に関わる分子に熟知し、最も適した阻害剤を用いた研究を行ったあと、小胞体からライソゾームへの輸送経路については研究が必要だが、確かにライソゾーム経路を使って細胞外へ排出されると結論している。

詳細を省いてしまうと以上が結論になるが、この結論から見えてくる重要なポイントだけまとめておく。

  1. 明日紹介する、コロナウイルス感染に必要なホスト因子の研究論文でも指摘されている様に、オートファジーでも有名なRab7シグナルの関与が示され、阻害剤による排出の抑制も示されており、今後の治療戦略の一つとなるかもしれない。
  2. 小胞体からリソゾーム、そして細胞外へ排出される過程で、タンパク質を守る分子シャペロンが常に結合しており、この結果排出直後から高い感染性を発揮できる。
  3. コロナウイルスはリソゾームに局在するORF3a分子を持っているが、これがリソゾーム内のタンパク分解に適したpHを上昇させて、ウイルスを守る役割をしている。
  4. ORF3の作用でpHが上昇すると、内部のタンパク分解活性が低下することで、免疫系へ提示するペプチド合成は低下する。これはウイルス免疫成立を阻害するが、逆にペプチドの結合しない組織抗原が表面に増え、NK細胞の標的になる。事実、コロナウイルス感染細胞表面の組織適合性抗原はペプチドが結合していないオープン型が多い。

以上、本当に多くのことが学べ、新しいアイデアを刺激する素晴らしい研究だと思う。免疫についても、コロナに対する免疫の不思議さを知る手がかりがありそうだし、これまで、NK機能の低い人ではcovid-19が重症化する可能性が示唆されていたが、この様な臨床観察も説明ができる様な気がした。

カテゴリ:論文ウォッチ
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