2022年7月12日
チェックポイント治療は、ガン治療を変えたといっても過言でないが、分子標的治療などとは異なり、ガンの現場で何が起こっているのか正確に捉えることは難しい。というのも、モニターできる免疫システムがほとんど末梢血に限定されていた。
これを大きく変えたのが、チェックポイント治療(ICT)を手術の前に行うガンのネオアジュバント治療だ。これにより、チェックポイント治療のガン組織での効果を、切除した標本ではっきりと調べることが出来る。
今日紹介するハーバード大学と中国の Guangzhou Laboratory からの論文は、頭頸部扁平上皮ガンで行われるネオアジュバント治療の機会を捕まえて、PD-1 抗体による治療、あるいは PD-1 抗体に CTLA4 抗体を加えた治療のガン組織及び末梢血細胞への効果を抗原受容体レベルにまで調べた、よくここまでと思える力作で、7月7日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident memory and circulating T cells are early responders to pre-surgical cancer immunotherapy(組織常在型と循環型T細胞は手術前のガン免疫療法に反応する)」だ。
研究では PD−1 抗体治療14例、PD-1+CTLA4 抗体治療15例の患者さんについて、一部の患者さんでは治療前の確定診断のバイオプシー、治療後に行われる手術切除組織、そして手術までの間の末梢血、術後の末梢血を採取、ここに存在する血液細胞、特にT細胞について、主に single cell RNA sequencing を用いて調べている。
まず知りたいのが、ICT により、ガン抗原特異的T細胞が増殖しているのかだが、上皮に対する強い接着力を持つインテグリンαEを発現したT細胞が強く増殖している。またこのポピュレーションは、ガンを殺す様々な分子を発現し、さらに他の免疫細胞を惹きつけるケモカインを発現している。
抗原受容体 (TcR) を調べると、まさにこの集団で同じ TcR が繰り返し認められるクローン増殖が起こっている。面白いことに、クローン増殖を起こしたT細胞の半分は元々ガン組織に存在し、そこで増殖したT細胞クローンだが、それまでガン組織には存在せず、末梢組織からリクルートされてきた TcR を持つクローンも新たに出現する。
これらのガン特異的 TcR は、様々なガン抗原を認識しており、中にはこれまで頭頸部ガンの抗原として知られていなかったものも見つかる(何万というペプチドを用いた大変な仕事の結果、TcR に反応するガン抗原を見つけているので、徹底性に感心する)。
T細胞の大きな変化に合わせて、白血球や樹状細胞なども再編成される。
ガン組織でクローン増殖しているT細胞は末梢血にも発見され、治療開始後2週間がピークで、それ以降は末梢には現れない。
増加している細胞の遺伝子発現から、ICT はこれまで言われていたように抗原刺激による疲弊を抑えるより、細胞の増殖を助けていると考えた方がいい。
以上が主な結論だが、ICTを免疫が低下しない時期に行う重要性がよくわかる研究だ。他のガンでは異なる可能性もあるが、臨床と基礎の協力が必要な分野が拡大していることを感じる。
2022年7月11日
自己と非自己を区別し、自己抗原に対する免疫反応を抑制する免疫寛容は、実験免疫学が始まった頃から多くの研究者を惹きつけてきた。そして1953年、Medawarらにより免疫寛容を人工的に誘導できることが示されることで科学的研究が始まった。今週13日水曜日の夕方5時から、胸腺内免疫寛容の仕組みについて明らかにしたDian Mathis論文をジャーナルクラブで取り上げるが、そのとき彼女の論文だけでなく、1953年 Medawar 論文からの免疫寛容研究史についても触れるつもりなので、是非期待して欲しい(https://www.youtube.com/watch?v=pitYM7YqUnY&list=PLxfkSUAJXxnF2xJ2DlTVYlLMcrkn8X6Fz )。
免疫寛容の理解が難しいのは、クローンレベルの選択によるトレランスから、制御性T細胞(Treg)による反応制御とともに、いわゆるアネルギーと呼ばれる、細胞はいるのに麻痺しているような状態まで存在することだ。特に食物アレルギーを抑えるため、抗原を食品として摂取する方法では、アネルギーも加わり解析が難しい。
.今日紹介するミネソタ大学医学部からの論文は、抗原を摂取して誘導する食物抗原への寛容誘導過程を、ストレートな方法で調べた研究で、何故今まで同じような研究がなかったのかと思う重要な研究で、7月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Immune tolerance of food is mediated by layers of CD4 + T cell dysfunction(食物に対する免疫寛容はCD4陽性T細胞の機能不全により媒介されている)」だ。
この研究では小麦アレルギーの抗原として知られるグリアジン由来のペプチドをはじめ、様々な抗原ペプチドを直接摂取させたときに、腸内に集まる抗原特異的免疫細胞を調べている。これまでの研究で、アジュバントなしにペプチドを投与すると、寛容が起こることが知られていた。マウスは、通常のSPFを用いている。
これまで、こうして誘導される寛容の主役はTregであることが知られていたが、この研究ではMHCとペプチドが組み合わさったテトラマー抗原への結合を指標に、抗原に反応するT細胞だけに着目することで、Tregとともに、どの系列と明確に特定できないヘルパーT細胞(Th-lin(-) )が増えていることを発見している。
後は、Th-lin(-)とは何かについて詳しく調べており、アジュバントなしに直接抗原ペプチドに出会うことで、IL2 が環境にあるとTregへの文化が進み、一方 IL-2 の濃度が低いとあまり増殖せず Th-lin(-) へと分化することを明らかにする。
一方、Th-lin(-) はペプチドとともにコレラトキシンをアジュバントにして投与することで、ほとんど消失し、Tfh や Th1/17 が増加することから、反応が出来なくなったアネルギー細胞で、分化能としてはTreg にも Th1 にも分化出来るナイーブ細胞に近いと結論している。
問題は、アネルギー細胞が積極的に免疫寛容維持に関われるかだが、いったんアネルギー状態に陥ると、アジュバントを加えて新たに免疫を誘導しようとしても一定期間腸内での Th1/17細胞のリクルートが抑えられることから、アネルギー細胞もある程度の効果があるのではと考えている。
以上まとめると、胸腺と違って末梢で抗原に対する寛容が誘導される場合は、まず第一に IL-2 の存在する状況で誘導される Treg が積極トレランスを担当し、いち早く Th1 へ分化しにくいアネルギー状態のナイーブ細胞を用意することで、抗原特異的に Th1 への漏れを防ぎながら、Treg の抑制効果を高めるという複雑な経路が存在することを示している。
とはいえ、印象としては複雑すぎる。これに細菌叢が絡んでくることを考えると、食物アレルギーに対する寛容誘導も簡単ではなさそうだ。
2022年7月10日
Single cell RNA sequencing によって様々な細胞が解析されるにつれて、一つの細胞タイプがますます詳しく分類されるようになっている。その典型が線維芽細胞だろう。形態的に分類がほとんど出来なかった線維芽細胞は、今や10種類を超すサブタイプに分類されるようになった。
神経系細胞では元々多様性が高いことが知られ、神経の興奮の微調節に関わる介在神経が面白い。元々分子マーカーで5種類に分けられていたが、scRNAseq により今ではさらに数多くのサブタイプに分けられている。ただ、それぞれのサブタイプの神経生理学的な機能を調べるのは簡単ではない。これには細胞が生きているうちに生理機能を調べ、その後細胞の遺伝子発現なりを調べる必要があり、一つの細胞を2回全く異なる方法で調べる必要がある。これまで Patch-seq と呼ばれる方法、すなわちパッチクランプで細胞を調べ、そのままその細胞の核を取り出し遺伝子発現を調べる方法が用いられていた。ただ、これでは特定の領域の細胞活動を生きた動物で調べる目的にはほど遠い。
今日紹介する University College London からの論文は、バーコードを用いた72遺伝子の発現を組織的に調べる方法と、Ca センサーによる神経活動の長期記録を組みあわせ、介在神経の遺伝子発現と機能を相関させた力作中の力作で7月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A transcriptomic axis predicts state modulation of cortical interneurons(遺伝子発現のパターンにより皮質の介在神経の状態を予測できる)」だ。
この研究では自由に動き回るマウスで、様々な状態での視覚に関わる領域の活動を Ca センサーで連続的に記録し、その後その領域を取り出し、そこに存在する介在神経をバーコード化された72種類の遺伝子プローブで調べ、個々の介在神経の遺伝子発現と、神経興奮の記録を相関させている。
簡単に書いてしまったが、これが出来るということがすごい。まず興奮の記録と、遺伝子発現の記録を一つの立体組織上に再構成する必要がある。これを実現するだけでも膨大な情報処理が必要になる。
この結果、例えば動いているときと、ジッとしているときの視覚野で、どのタイプの介在神経が活動しているかを明らかに出来る。詳細を省いて結果を箇条書きにすると、
これまで5種類に分けられていた介在神経を40種類近くのサブタイプに分けることが出来る。 異なる状況での神経興奮と、サブタイプを相関させると、遺伝子発現の違いにより、興奮する状況が異なる。 ただ、遺伝子発現の違いによる機能的変化は連続的で、介在神経機能が連続的になるようプランされている。 また、様々なパターンによる異なる視覚刺激でも、それぞれのサブタイプが異なる反応を示す。 詳しく探索すると、この機能的変化の違いを、例えば GABA 合成レベルの違いや、アセチルコリン受容体発現の違いとさらに相関させることが出来る。
他にもまだまだいろんなメッセージが詰め込まれているが、このぐらいでいいだろう。scRNAseq の結果を、組織に展開し直し、それを機能と相関させることで、様々な情報を集めて興奮を調節している介在神経の機能の多様性の意味をようやく理解できるときが来たように感じる。
介在神経は精神疾患を理解するときの鍵であることを思うと、大きな期待を持って見ていきたい。
2022年7月9日
私はながら族で、現役を退いてからは、大体Apple musicを通して音楽を聴きながら仕事をしている。このサイトでは、様々な状況に適した音楽セットを提供しており、例えば朝起きて気分を高めたいときや、静かに考えたいときなど、多くのセットが用意されている。そして、Pain relief、痛み止め向きの音楽セットも用意されているが、驚くことにただ静かなクラッシック音楽を集めたものではなく、単純な音節が静かに繰り返す、このために作られたと思われる音楽だ。
前置きからわかるように、今日紹介したい中国合肥の中国科学技術大学からの論文は、人間ではなくネズミでも音を聞かすと痛みが和らぐかについて生理学的に調べた研究で、7月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Sound induces analgesia through corticothalamic circuits(音楽は皮質視床回路を介して鎮痛効果を誘導する)」だ。
音楽を聴くと痛みが和らぐというのは、なんとなく納得していたが、結局は気が散るからだと理解していた。この研究ではマウスに様々な音を聞かせて、痛み刺激の閾値変化をまず徹底的に調べている。
まず、50dbぐらいの音圧で音を聞かせると、痛みが和らぐのだが、人間にとって気持ちのいい音楽だろうと、ホワイトノイズだろうと全く同じ効果がある。さらに、60dbという強い音圧では効果が全くなくなる。
さらに面白いことに、環境のノイズとホワイトノイズの音圧の違いが5dbでは痛みが和らぐが、それ以上だと全く効果がない。これらの結果をまとめると、確かに音に注意が向くことで痛みが和らぐが、少なくともネズミでは、環境と異なる音であれば何でもいい。そして、弱い音が周りから区別出来るときがその効果が強いということになる。野生の状況を考えると、障害を受けても次に襲ってくる敵の気配に注意を向ける必要があるときに、痛みを和らげる効果があることになる。
おそらくこのような行動解析がこの研究のハイライトで、これに関わる回路研究については、驚くほど道具がそろっており、ここでも聴覚回路から順番に痛みを和らげる回路を特定している。
まず痛みに関わる視床と聴覚野とのつながりを検索し、視床のVPとPO領域に神経投射が存在すること、そしてこの回路の自発的興奮が、行動と同じで、弱い音に注意を向けたとき低下するが、強い音では変化のないことを発見する。即ち、このサーキットでの活動が痛みが和らぐ現象表象している。
そして、聴覚野からシナプス結合を受けている、視床側のVPおよびPOの興奮を抑制、あるいは活性化する実験を行い、最終的にPOが後肢、VPが前肢の感覚野を支配して痛みを和らげていることを明らかにしている。
結果は以上で、回路の研究も重要だが、特に目新しさはない。ネズミを使うことで、高次の認識ではなく、単純な音の認識だけで痛みを和らげる仕組みを私たちが備えていることが面白い。これを知った上で聞き直してみると「Pain healing」と名付けられた音楽は、よく出来ていると思う。
2022年7月8日
先日紹介した Jeffery Gordon さんの研究もそうだが(https://aasj.jp/news/watch/20041 )、最近体内の代謝物の変化を調べて、生体活性のある代謝物を探索した論文を見る機会が増えた。分析方法が着実に進んでいることを物語っている。そこで今日は、最近Natureにオンライン掲載された活性代謝物探索に関わる2つの論文を紹介する。
1つ目の論文はロンドン Imperial College からの論文で intermittent fasting(IF)の効果を調べる過程で Indole-3-propionic acid(IPA) が末梢神経再生に関わることを示した論文だ。
日本でも様々な時間間隔で間欠的に断食を行う Intermittent fasting(IF) が注目されているが、この研究では alternate day fasting と呼ばれる一日おきに食事を抜くIFの座骨神経再生への効果を確かめるところから始めている。結果だが、IF がここまで効くかと思うほど、効果は大きく、傷害された軸索が IF ではよく伸びる。
面白いことに、神経再生に関わる限り IF の効果は、抗生物質投与により消えるので、細菌叢由来の代謝物の効果であると考えられる。そこで IF により変化する代謝物79種類の中から、抗生物質で分泌が消失するものの中から IPA を突き止めている。
後は、IPA を投与する実験から、
IPA を投与することで神経再生を誘導できる。 この効果は、IPA により好中球が神経細胞に集まってきて、おそらくインターフェロンγ を介して再生を助ける。 皮膚への末梢神経の分泌も促進する。
などを示している。
2番目のボン大学からの論文は。熱代謝に大きな関わりを持つ褐色脂肪細胞の細胞死を刺激したとき分泌される代謝物の中から、なんとイノシンが脂肪細胞に働いて、UCP1 を誘導して、脂肪を燃やすことを示した論文だ。
高温が続くと、褐色脂肪細胞が死にやすくなることが知られているが、これによって分泌される分子の中で、褐色脂肪細胞の代謝を変化させられる代謝物を探索したのがこの研究だ。
細胞死が誘導された褐色脂肪細胞由来の330代謝物の中で、当然と言えば当然だが3種類のプリン作動性の核酸が上昇するのに着目し、上昇が見られる3種類の核酸の中から、イノシンが褐色脂肪細胞の UCP-1 を誘導する力が強いことを発見する。
全て褐色脂肪細胞の話なので、後はイノシンの合成経路と、作用機序を明らかにすることになる。その結果、
アポトーシスでの生成が最も著明な ATP から細胞外で ADP、AMP、Adenosine を経て合成される。 A2A/A2B 受容体を介して cAMP を誘導して UCP-1 を誘導し、代謝を熱へと変換する。 イノシンの細胞内への虜身に関わる ENT1 の機能を抑制することで、細胞外の有効イノシン濃度を高める。 イノシン投与によりグルコース代謝を改善し、体重を抑えることが出来る。 人間の褐色脂肪組織でも同じようなメカニズムが動いている。
などが明らかになり、代謝改善にイノシンや ENT1 の阻害剤を利用できる可能性を示唆している。
以上、両方の論文を読むと、こんな単純な代謝物が大きな効果を持つことに感心する。ただ、これがそのまま医療として出てくるかは疑問だ。特に食品業界へのインパクトの大きい代謝物は今後も多く発見されるだろう。その安全性と長期の有効性をどう調べていくのか、栄養学の21世紀の重要な課題だと思う。
2022年7月7日
この論文を読むまで、人間関係の煩わしさなどによる社会的ストレスは、睡眠を妨げるだけだと思っていた。しかし、今日紹介するImperial College Londonからの論文は、マウスの話とは言え、ストレスが睡眠を誘導して、不安を和らげる働きを媒介する神経回路を明らかにした興味ある研究で、7月1日号 Science に掲載された。タイトルは「A specific circuit in the midbrain detects stress and induces restorative sleep(中脳の特異的神経回路がストレスを検出しストレスから回復させる睡眠に関わっている)」だ。
ハンスセリエのストレス学説以来、ストレスが副腎皮質ホルモンの血中濃度を高めることが知られており、この結果神経的な不安症だけでなく、身体の様々な異常が誘導される。従って、早くストレスを忘れることが一番の治療法になるので、その意味では確かに寝て忘れるのが一番かもしれない。
この研究では、マウスで社会的ストレス特異的に睡眠が誘導されるという現象に焦点を当て、まず睡眠と覚醒の調節に関わることが知られている復側被蓋野(VTA)神経のストレスに対する反応を調べ、睡眠を誘導することが知られている GABA 作動性の神経(VTAgat)の一部が特異的に活動していることを発見する。
様々な神経回路特定方法の開発が進んだ現在では、この発見が有れば後は手間と時間の問題だけといってもいいが、この研究はその好例だ。次に、ストレスで活性化されるVTAgatが睡眠誘導に関わるかを調べる目的で、一度活動した神経だけ化学物質で再度興奮させる手法を用いて、ストレスに反応した Vgat を刺激すると、期待通り睡眠が誘導できることがわかった。
以上から、ストレスを感知した神経はは VTAgat に投射し、また VTAgat は睡眠誘導中枢に投射していることが想像される。このため、まず VTAgat と様々な神経領域とのストレス依存的結合を、狂犬病ウイルスのカプシドを用いる神経投射追跡実験を用いて徹底的に調べている。
その結果、ストレスのセンサーとして知られる視床下部の2領域(lateral preoptic hypothalamus(LPO) とventricular hypothalamus(PVH)、そして中脳周囲灰白質(PAG)から Vgat は投射を受けていること、そして睡眠誘導のスイッチ役の外側視床下部に投射して、ストレスから睡眠へのリレーをしていることを、解剖学的、生理学的に明らかにしている。
これに加えて、Vgat 神経の興奮により、睡眠が誘導されるだけでなく、行動学的な不安反応が低下すること、さらに Vgat から PVH へと投射する神経により副腎皮質ホルモンの分泌も抑えられることを示し、この反応がストレスから自分を守る神経回路であることを明らかにしている。
神経回路の特定のために膨大な実験が行われておりただただ感嘆するが、メッセージはシンプルで、「対人ストレスは寝て忘れろ」になる。特にストレスの意識が希薄な子供では、この教訓は重要ではないかと思う。
2022年7月6日
若くして亡くなった月田さんをはじめ、何人かの細胞生物学のプロを見てきたが、美大生と同じで要するに構造が自然に頭に浮かんでくる人たちだ。従って、分子を考える時も構造との関わりで必ず考えている。結果、同じ現象を見ても、考えることが違うし、知識の整理の仕方も全く違い、これはかなわないと思う。
今日紹介するイタリア・Padua大学からの論文を読んだ時も、その細胞学にただただ感心で、メカノセンサー、細胞老化、自然炎症、細胞骨格などが細胞の中に統合されている様子を見せてもらって本当に感心した。タイトルは「YAP/TAZ activity in stromal cells prevents ageing by controlling cGAS–STING(ストローマ細胞でのYAP/TAZ 活性がcGAS-STINGを調節して老化を防止する)」で、6月29日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルはわかりやすく、またこの研究の結論と合致するが、これでは語り尽くせない膨大な仕事だ。これまで細胞骨格の変化に関わる YAP/TAZ シグナルについては何度も紹介しているが、このグループは老化に伴い機械的疲労が蓄積すれば当然 YAP/TAZ の活性に反映されると考えた。
そこで、様々な臓器を single cell RNAseq で調べると、間質細胞のみで YAP/TAZ の発現低下が見られ、さらに細胞学的にも核移行が老化で大きく低下することを発見する。一方、他の細胞系列ではこの差は見られない。
次に YAP/TAZ の機能を調べるため、間質細胞の YAP/TAZ を若い皮膚からノックアウトすると、組織学的にも、遺伝子発現上でも細胞老化が進み、またそれを示す βGal 染色も陽性になる。すなわち YAP/TAZ は老化を防いでいる。
ただ、この場合 YAP/TAZ は通常の Hippo 経路から刺激されていないので、上流を探索し、間質細胞の障害で早期老化が見られる Fibrinllin1 が上流に存在し、これによる細胞とマトリックスのメカニカルな作用が YAP/TAZ 活性化を誘導して、いわば機械疲労を防いでいることを明らかにしている。
次は、 YAP/TAZ が老化を防ぐメカニズムだが、 YAP/TAZ は当然増殖や生存に関わる分子を調節しているので、これまで知られている下流分子が老化防止に関わることは当然だが、この研究ではさらに新しい老化に関わる経路を発見している。
それが、 cGAS-STING 活性化で、これまでも紹介してきたように(https://aasj.jp/news/watch/9877 )、自然炎症やオートファジーに関わるシグナルで、当然老化を促進する。すなわち、機械ストレスで YAP/TAZ が上昇することで、 cGAS-STING を抑制して、炎症を防いでいるというシナリオだ。実際、メカニカルストレスの強いところでは、自然炎症が発生することを考えると、このメカニズムは頷ける。
ただ、このグループの真骨頂はこの後で、注意深い細胞学的観察から、YAP/TAZ シグナル低下が、核膜の異常や、アクチンキャップ形成不全を誘導していることを見抜き、最終的に YAP/TAZ シグナル低下が、核膜周囲でのアクチンキャップ形成を低下させ、核膜の脆弱性を誘導し、ここに cGAS がトラップされることが cGAS-STING 活性化につながることを明らかにしている。おそらく細胞学的センスがないと、到底ここまでは到達できない。
以上が結果で、老化の新しい経路だけでなく、細胞骨格と cGAS-STING など新しい分野を開く力作で、勉強できたという満足感の多い論文だった。
2022年7月5日
6月19日論文ウォッチで紹介した、胸腺内免疫寛容についてのMathis 論文のジャーナルクラブを、7月13日午後6時から、共著者になっている改正先生も招いてYouTube 配信します(https://www.youtube.com/watch?v=pitYM7YqUnY)。直接参加したい人は、メールをいただければzoom アカウントを送れます。
https://www.youtube.com/watch?v=pitYM7YqUnY https://www.youtube.com/watch?v=pitYM7YqUnY
2022年7月5日
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の原因は、ディストロフィンとして知られる大きな分子をコードする遺伝子の変異によることがわかっており、根本的な治療としては、正常ディストロフィンを合成できるようにする、遺伝子治療か細胞治療と言うことになる。ただ、これまで紹介してきたように、筋肉を保全して少しでも進行を遅らせる治療法、例えばステロイド治療、あるいはオートファジーを抑えるウロリチンによるなどの開発も進んでいる。
そんな中でも今日紹介するカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は細胞外から病気をコントロールするという点で面白い研究だ。タイトルは「Metabolic reprogramming of skeletal muscle by resident macrophages points to CSF1R inhibitors as muscular dystrophy therapeutics(常在マクロファージによる筋肉細胞代謝リプログラムはCSF1Rの筋ジストロフィー治療の可能性を示している)」で、6月29日号 Science Translational Medicine に掲載された。
この研究は大きく二つのパートに分かれている。
最初は、筋肉組織に常在し、しかもそこで長期間自己再生するマクロファージ集団の特定だ。このような組織常在マクロファージは、脳のミクログリア、皮膚のランゲルハンス細胞、肝臓のクッパー細胞が相当するが、筋肉での存在も示唆されていた。
この研究ではパラビオーシスを用いて、血液循環を通って筋肉に定着するポピュレーションと、何ヶ月もほとんど置き換わらない集団を分けた上で、組織内で自己再生するポピュレーション(self-renewing resident macrophage:SRRMと名付けている)の分子マーカー TIM4+Lyve1 を特定している。
その上で SRRM を選択的に筋肉から除去する少し複雑な方法を開発し、筋肉障害後の修復過程での SRRM の機能を調べている。これまで、筋肉からマクロファージが除去されると、死細胞除去が出来ず、大きな壊死が起こることが知られていたが、この実験からこの機能は主に SRRM が担っていることが明らかになった。
このように、急性の筋肉障害では SRRM が必須であることがわかる。では、DMD のような慢性の障害ではどうか。この研究では、DMD モデルマウスに6週目から6ヶ月、12ヶ月と長期に CSF1R 阻害剤を摂取させる実験を行っている。すると、急性筋肉障害と異なり、機能的にも、病理的にも病気の進行を強く抑制できることが明らかになった。
この原因を探ると、SRRM が除去されることで、Treg が上昇することで炎症が抑えられること、さらに筋繊維の代謝がリプログラムされ、筋肉が伸びる運動による断裂に抵抗性の筋繊維へとスイッチすることが明らかになった。
結果は以上で、この代謝リプログラムの背景に、おそらく CSF1R 下流で誘導されるインシュリン様増殖因子が有ると示唆されているが、それ以上の解析は出来ていない。
人間でCSF1Rを阻害し続けたとき、ほとんど問題はないのかについて検討が必要だが、DMD のモデル犬も存在することを考えると、さらに長期に治療を続ける可能性を調べることは出来る。いずれにせよ、マクロファージを操作して DMD をコントロールする方法は、筋肉代謝、Treg 抑制、そしてマクロファージを介する炎症抑制と、一石三丁の方法になるかもしれない。
2022年7月4日
最初にJeffrey Gordonさんの研究を論文ウォッチで紹介したのは、2013年9月で、一卵性双生児で片方が痩せていて、もう片方が太っているという、ほとんどあり得ないようなペアを見つけてきて、太っている方の細菌叢を移植されたマウスは肥満になるという、驚くべき研究だった(https://aasj.jp/news/watch/424)。その後何回もGordonさんの論文を紹介してきたが、深い知識、発想の豊かさ、実験の徹底性、そして研究で人を救いたいという気持ちが常に伝わってくる論文が多かった。
今日紹介する論文もGordonさんの特徴を全て備えており、なんとオレンジジュースの絞りかすを健康食品に変えるアイデアを実現するための研究で、6月27日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Microbial liberation of N-methylserotonin from orange fiber in gnotobiotic mice and humans(オレンジ繊維からヒト細菌叢を移植したマウスでN-メチルセロトニンが遊離される)」だ。
この研究の目的は、ジュースを絞った後に残るオレンジの絞りかすから、腸内細菌を用いて、健康食品に変えられないかだ。このため、完全に遺伝子構成がわかった14種類の細菌ミックスを移植した無菌マウスに、食用に加工されたオレンジ絞りかす(OF)を食べさせ、何か有効な分子が合成されないか、化学的に調べている。
すなわち、腸内の細菌工場で OF から生産できる分子を探索し、最終的にセロトニンがメチル化された分子、メチルセロトニンが腸内で上昇することを発見する。
他にも様々な分子の上昇が見られたと思う。例えば、定番の短鎖脂肪酸などだ。ただ、Gordonさんはそれでは満足しないで、より新しい植物由来分子を求め、メチルセロトニンに行き着いた。この分子は山椒のようなスパイスには既に含まれていることが知られていた。
まずメチルセロトニンの効果を、高脂肪低繊維食を接種しているマウスの飲み水に加えて調べると、驚くなかれ体脂肪が減少し、体重が低下する。効果のメカニズムを腸での遺伝子発現から探ってみると、まずメチルセロトニンも腸内のセロトニン受容体に結合する。そして、グルタミン酸の分泌を高めて神経を刺激することで、概日リズムに関わる分子の発現を変えて、グリコーゲン合成、グルコース分解低下などの変化が誘導される結果だと結論している。また、この結果食べ物の消化管内停留時間が2/3に低下することも効いている。
では、細菌叢はどのように関わるのか。研究では、Bacteroidesなどの一部の細菌のみがメチルセロトニン上昇を誘導できること、しかし細菌はメチルセロトニン合成能を全く持たないこと、また細かく砕いた OF からはメチルセロトニンが出来にくいことから、山椒と同じで、オレンジはメチルセロトニンを合成しており、これが繊維の中にトラップされており、繊維を細菌が分解する過程で外部に遊離されることを発見する。すなわち、OF の食物繊維をよく分解できる細菌なら、メチルセロトニンを遊離させられる。
これらの実験は、マウスは用いていても、人間由来のバクテリアで行ってはいるが、最後に人間でも OF を食べればメチルセロトニンが遊離されるか、OF ベースのスナックを作成し1日3回食べさせると、便中のメチルセロトニンの濃度が上昇してくることを示している。
マウスの便通の実験から、このスナックを常時食すると、おなかがグルグル鳴らないか少し心配ではあるが、廃棄物を健康食品にという目的は達成されている。
細かい点でわからない点も多いが、しかしマウス腸内で形成したバクテリア工場で、面白い分子が出て以内か探索するという、全く新しい発想の結果、食物繊維は細菌叢の分解する対象だけではなく、中に閉じ込められた物質を掘り出してくる機能もあるという新しい概念が示された、まさにGordonさんの研究だと思う。