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7月2日 Bivalent chromatin の造血での役割(6月17日 Cell オンライン掲載論文)

2025年7月2日
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ヒストンのメチル化が染色体の構造決定に重要で、例えばN末端にある3番目のリジンがメチル化されたヒストン H3 (H3K4me) が結合している部位は染色体が開いており、逆に H3K27me が結合している場合は染色体が閉じていることがわかっている。多能性幹細胞の分化がエピジェネティック視点で研究されるようになった2006年、Bradley Bernstein が、細胞の自己再生と分化のバランスが必要な遺伝子調節領域には H3K4me と H3K27me の両方が結合しており、いわばオンとオフに二股がかかった臨戦態勢にある少し違った染色体構造をとっている可能性を示して、Bivalent 染色体と名付けた。この仕事は私も強い印象を持って読んだのを覚えている。

ただその後の研究で、臨戦態勢というのは言い過ぎで、DNAメチル化からの保護機能として重要であると考えられるようになってきていた。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、H3K4 や H3K27 のメチル化をブロックする方法を用いて、造血細胞では Bivalent 染色体がメチル化保護ではなく、分化と自己再生のバランスをとる重要な機構であることを示した面白い研究で、6月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Bivalent chromatin instructs lineage specification during hematopoiesis( Bivalent 染色体は造血過程で系統分化を指示する)」だ。

Bivalent 染色体を研究するためには、ヒストンのメチル化をブロックする実験系が必要で、ヒストンのメチル化に関わる遺伝子ノックアウトを用いて研究が行われてきたが、メチル化に関わる酵素が複数存在するため、なかなか明確な実験ができなかった。ところがヒトの突然変異の解析から H3 のリジンをメチオニンに変換することで(例えば H3K4 を H3M4 に変えた遺伝子を過剰発現させると)、H3K4 のメチル化が阻害されることがわかり、様々なリジン残基のメチル化を阻害することが可能になった。

この研究では H3M4 遺伝子をテトラサイクリン投与で誘導できるようにしたマウスを作成し、生後薬剤投与で H3K4me を特異的に除去すると、マウスは血液を作れなくなり20日を超すと完全に死亡することをまず観察している。

面白いのは、H3K4 のメチル化を阻害した場合、分化細胞が消失してしまうが、最も未熟な造血幹細胞から少し分化した幹細胞まで、いわゆる未分化細胞は正常に維持され、少し分化した前駆細胞の骨髄内での割合は拡大することがわかった。さらに、移植実験で長期に分化を抑制したあと、薬剤投与をやめると直ちに分化細胞が回復する事も確認している。即ち H3K4me は幹細胞の分化と自己再生を決める重要な役割を持っている。

H3K4me と H3K27me が結合している領域を調べると、H3K4 メチル化を阻害することで、特に Bivalent 染色体構造を持つプロモーター領域で、K4me と K27me のバランスが、K27me へと大きく傾いていることを明らかにしている。まさに二股をかけて臨戦態勢にあるというイメージだ。

これがバランスであることをさらに明確にするため、H3M4 マウスに H3M27 をさらに導入して、H3K4me とともに H3K27me も両方阻害する実験を行うと、バランスは元に戻り、分化血液細胞が現れ、マウスの生存期間が20日前後から150日程度に延びる。もちろん、Bivalent 染色体だけでなく、それぞれのメチル化ヒストンは単独で機能しているので、最終的にはマウスは死亡する。

いずれにせよ、K4 と K27 のバランスが重要な遺伝子調節が存在し、これが血液の自己再生と分化のバランスを決めていることがわかったので、どの領域がメチル化阻害の影響が出るのか解析し、Bivalent の領域でも血液分化に関わる遺伝子の多くがこのバランス型調節を受けていることを明らかにしている。

実際には、染色体構造を単一細胞レベルで調べる大変な実験が行われているのだが、結果は最初に Bradley たちがイメージした Bivalent 染色体のイメージに近いメカニズムが、少なくとも造血では明らかになったと言える。おそらくこれをきっかけに、他の幹細胞でも研究が進むだろう。また、白血病の中には大きなレベルのヒストン調節を行うポリコム遺伝子が点在しているケースもあることから、おそらくヒストンメチル化調節に強く依存する病態の研究も再検討されるように思う。

筆頭著者は八木さんという日本人だが、研究は Bernstein の論文に名を連ねていた Jaenisch のお弟子さん Hochdelinger さんのラボからで、研究が面々と続いているのも感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月1日 シタラビンとゲムシタビンの脳への影響の違い(6月25日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月1日
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タイトルを見てもらえばわかるように、今日はもっぱら医師向けの論文紹介になる。タイトルにあるシタラビン、ゲムシタビンは代謝拮抗剤と呼ばれる抗ガン剤で、両者とも核酸の一つシトシンに似た構造を持っており、複製時にシトシンの代わりにDNAに取り込まれ、そこで複製を止める役割をすると考えられている。では両者で作用機序や効き方が同じかというと、多くの点で異なっている。例えば白血病の場合、静止期にある幹細胞まで完全に殺せる可能性はシタラビンの方が優れていると考えられ、薬剤による白血病の完全寛解を目指す場合シタラビンが用いられる。これを裏返せば、増殖していない細胞を傷害することを意味しており、実際シタラビンは小脳失調症など脳に現れる特徴的副作用がある。

今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、シタラビンの神経毒性のメカニズムについて調べたプロの仕事で、代謝拮抗剤というカテゴリーにひとくくりにしないで、専門でない医師もしっかり副作用のメカニズムを知ることの重要性を示す研究で、6月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mechanism of cytarabine-induced neurotoxicity(シタラビンによる神経毒性のメカニズム)」だ。

責任著者の Andre Nussenzweig は、免疫系での遺伝子再構成の研究の第一人者 Michel Nussenzweig の弟さんだと思う。しかし、兄弟で DNA 修復がらみの研究を行っているのも面白い。

この研究以前に、シタラビンもゲムシタビンもDNAメチル化が TET により脱メチル化されるときに DNA 一本鎖に切断が入る (SSB) ことがわかっていた。しかし、二本鎖に切断が入る DSB はシタラビンだけで起こる。

そこで DNA 脱メチル化時にシタラビンが存在すると DSB が入るのか探索し、シタラビンによる DSS 誘導には TET 及び脱メチル化が必須で、TET や TDT による脱メチル化プロセスをシタラビンが阻害する結果であることをまず明らかにする。即ち、DSB は脱メチル化反応が起こっている場所に選択的に起こり、多くの遺伝子調節領域とオーバーラップしている。そして、シタラビンによる DSB は通常の non-homologous end-joining で修復され、このときに染色体転座も多発することをシタラビン処理した細胞について確認している。

問題は、同じように TET が働いている場所で SSB を誘導できるゲムシタビンが DSB 誘導しないメカニズムだが、試験管内の生化学実験などを組み合わせて、SSB が起こった片方の DNA 鎖を除去修復しながら、もう片方のメチル基を除去する過程で、ゲムシタビンを取り込んだ一本鎖では効率よく修復しやすいために、もう片方の脱メチル化過程が止まって DSB が起こりにくいが、シタラビンが取り込まれると修復が遅れて、最終的にもう片方の脱メチル化サイトも切断される DSB が起こりやすくなることを示している。

即ち、DNA 複製だけでなく、脱メチル化過程で起こる修復過程の障害が DNA の DBS をシタラビンがより効率に誘導することが明らかになった。

即ち、増殖ではなく脱メチル化過程が進んでいる細胞ではシタラビンによる毒性が強く出ることを示している。実際、神経細胞では常に刺激による転写が起こっており、分裂とは無関係に転写のプログラムが変化する。即ち、DNA 脱メチル化による染色体の変化は神経活動に必須と言える。このことから、分裂しない脳細胞でもシタラビンの副作用が出ることになる。さらに、小脳失調症の原因についても調べ、小脳プルキンエ細胞では他の神経細胞に比べて TET の発現が高く、脱メチル化に強く依存していることがわかった。その結果、シタラビンではプルキンエ細胞が強く傷害され、小脳失調症が発症することになる。

以上、「薬の構造が違うから当然でしょう」と適当に理解していたよく似た代謝拮抗剤の作用の違いを理解する良い機会を与えてくれた論文だ。シタラビン以外にも 5FU など脳症状を誘導する代謝拮抗剤が存在することから、それぞれのメカニズムを詳しく調べることで、抗ガン剤治療の質を高めることができると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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