昨日に続き今日も生体膜酵素に関する研究を紹介する。今日の酵素はDipeptidase-1で、アミノ酸が2つ結合したdipeptideを加水分解する作用がある。ただ、今日紹介するカルガリー大学からの論文はこの酵素の酵素活性ではなく、好中球を肝臓や肺に動員するための接着因子としての作用に着目した研究で8月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Dipeptidase-1 Is an Adhesion Receptor for Neutrophil Recruitment in Lungs and Liver (Dipeptidase-1は好中球が肺や肝臓に移行するときの接着受容体として働く)」だ。
このグループの目的は好中球が肺や肝臓に浸潤して時に命に関わる障害を起こす時に働く接着分子を発見することが目的だ。ただ、これまで知られているセレクチンやインテグリンなどの接着因子の中にはこのような分子が今も見つかっていなかった。
そこで、炎症を起こした肺や肝臓で好中球が血管に結合し、浸潤を始めている時に利用する分子を、マウスの好中球の遺伝子を発現しているファージライブラリーを炎症を起こしたマウスに注射し、肝臓や肺に結合しているファージを選び出すことで捕まえようとしている。実際にはこのプロセスを5回繰り返し、肝臓や肺に結合するための分子を濃縮し、取れてきたペプチドがDipeptidase-1に結合することを発見した。また、好中球もDipeptidase-1を導入した培養細胞に直接結合できることも明らかにした。
ただ、好中球の接着にはDipeptidase-1の酵素活性は全く必要がないことも明らかになった。従って、この研究はDipeptidase-1が生体膜酵素だけではなく、血管内皮上の接着因子として働くことを明らかにした。Dipeptidase-1はこれまで細胞接着因子として考えられたことがなかったため、見落とされてきたと考えられる。
次に、Dipeptidase-1が本当に好中球の接着因子として働くかを調べる目的で、Dipeptidase-1をノックアウトしたマウスを作成して調べると、好中球の肺や肝臓への浸潤が抑えられることを確認している。
最後に、LPS(エンドトキシン)注射によって誘導される致死的な炎症が、Dipeptidase-1をノックアウトしたマウスでは起こらないこと、あるいはDipeptidase-1に結合する好中球ライブラリーから得られたペプチドも、好中球とDipeptidase-1の結合を阻害して、エンドトキシン投与してもマウスが生存できることも示している。
以上が結果で、一般的な接着因子の他に、白血球の組織への動員を調節する分子として生体膜酵素Dipeptidase-1とそれに結合する白血球側のペプチドを特定し、エンドトキシンショックに対する治療方法を開発したことは高く評価できる。ただ、見落としているのかもしれないが、この白血球側のペプチドがどの分子に相当するのかがはっきり書かれていない。Dipeptidase-1の研究としては完璧なのだが、最後にモヤモヤが残ってしまった。