カドヘリンは言わずと知れた、CDBの設立と発展のため京大を離れて共に苦労していただいた竹市先生が発見された分子で、中でもE-cadherinはクラシカルカドヘリンと呼ばれる一丁目一番地だ。当時、医学系の私に、E-カドヘリンが消化器ガンの転移の際に低下することを話してもらった覚えがあるが、転移はまず元のガンから離れる必要があり、当然のことかなと思った。
しかしガンによっては様々で、原発から離れる場合も、一時的にカドヘリンの発現が抑制される上皮間葉転換が起これば、必ずしもずっとEカドヘリンの発現が抑えられる必要はない。今日紹介するジョンス・ホプキンス大学からの論文は乳がんの転移にはE カドヘリンが必要であることを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルはズバリ「E-cadherin is required for metastasis in multiple models of breast cancer (E カドヘリンは様々な乳がんモデルの転移に必要)」だ。
このグループは転移乳がんでは、転移先の組織で管腔形成が起こり、Eカドヘリンも発現していることから、本当にEカドヘリンが必要か、必要に応じてEカドヘリン遺伝子をノックアウトできるようにした乳ガン細胞株を用意し、ガン転移に関わる様々な活性を調べた。
まず原発巣から外れて組織へ浸潤する試験管のモデルで調べると、確かにEカドヘリン遺伝子を欠損させると、浸潤性が高まり、試験官内で形成されるオルガノイドから播種が起こりやすい。またガンを移植し周囲を調べると、周りに浸潤しているガン細胞はEカドヘリンを発現しておらず、Eカドヘリンがない方が確かに転移には有利になるように思えた。
しかし次にガンを移植して転移を調べるとEカドヘリン欠損ガン細胞はほとんど転移が見られない。また静脈に直接ガン細胞を注射する転移アッセイでも、Eカドヘリン欠損乳ガンは全く転移が見られない。すなわち、浸潤にはEカドヘリンを抑える方がいいが、転移は全く逆でEカドヘリンが必要になる。
そこでこのメカニズムを調べるために様々な実験を行なっている。ひとつ面白い現象は、乳ガンの特徴である末梢血にガン細胞が流れ出る循環腫瘍細胞についてEカドヘリン有り無しで比べると、Eカドヘリン欠損株を移植したマウスでは循環腫瘍細胞の数が強く抑えられている。すなわち、細胞は浸潤しても循環には流れにくいことがわかる。
最後にEカドヘリン有無での遺伝子発現の比較から、Eカドヘリンが欠損すると、Eカドヘリンが欠損すると活性酸素が高まりアポプトーシスが亢進すること、そしてこれがTGFβシグナル依存性に起こることを示している。すなわちTGFβシグナルを抑制する、あるいは活性酸素を抑えると、Eカドヘリン欠損株でもオルガノイドを形成できる。
以上の結果から、Eカドヘリンが転移には必要だと結論している。ただ、このシナリオが他のガンにも当てはまるのかはまだまだよくわからない。最後はちょっと強引な気がしたが、今後臨床で検証できれば、転移を抑える治療標的を考える意味では面白いと思う。