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アリストテレス 形而上学 :プラトンからの決別と4因説(生命科学の根本問題) (生命科学の目で読む哲学書 第7回)

2019年9月1日
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アリストテレスの最後は「形而上学」(岩波書店 出隆訳)を選んだ。この著作はひとつのまとまった著作ではなく、また「形而上学とは何か?」などが議論されている本ではない。岩波版の訳者、出隆の解説によると、実際のタイトル「τὰ  μετὰ  τὰ  φυσικά」の意味は、「自然学の次に来る(メタ フィジカ)という意味で、前回まで紹介したように、自然に魅せられ観察と思索に没頭したアリストテレスが、その経験をもとにさらに実体が存在し動いている世界の原理について整理を試みた14の独立したエッセーだと考えればいい。まとまった思想が語られるわけではないので、よほどアリストテレスの興味がある人はともかく、自然科学者に是非読むよう推薦する本ではないと思っている。

ではなぜアリストテレスの最後に「形而上学」を取り上げることにしたのか?

それは「形而上学」は難解でもこの著作はその後の自然学の歴史を考える上で重要だと思っており、なかでも、

  • その後に続くカソリックのヨーロッパを考える時、アリストテレスを宗教から独立した、実体を重視するギリシャ哲学として確認しておくこと(これがヨーロッパ中世で捻じ曲げられていく)、
  • 生命科学の課題をアリストテレスの四因説から考えること、

が、この本を通して可能だと考えるからだ。

おそらく、アリストテレスが生きていた時代も、ギリシャ市民は「デモクリトスはこう言っている」などと過去の哲学者、自然学者を引用しながら、口角泡を飛ばして議論するほど、哲学好きだったのではないだろうか(私が勝手に考えており根拠はない)。しかし当時の哲学者は自然の原理に対して、個人的な考えを自由に表明していた(例えば万物は水からなるというタレスから原子論のデモクリトスまで)。言い換えると、自ら問題を設定して自らの頭で解決を模索する点では共通しているが、そのための決まった方法があるわけではなく、観念を弄んで結局各人が好き勝手なことを言うという状況になっていた。しかもアリストテレスに先駆けてそれまでの思想の集大成を試みたプラトンでさえも、結局は神秘主義的説明を排除せず、恣意的な考えを展開することになる。以前紹介したように、プラトンは彼以前の多くの考えを提示したうえで、ソクラテスというヒーローがそれを論破するというドラマ仕立てで、ファンを説得しようとしたが、その思想はイオニアの哲学者と比べると、更に神秘的、超越論的様相を帯びている。

しかしアリストテレスはこの考え方に説得されなかった一人で、全ての実在より先に形相が存在するなど、何の根拠もないと考えていた。というのも、動物誌をはじめとする自然学諸作からわかるように、たぐい稀なる自然観察能力を備えていたアリストテレスからすると、世界を理解するためには、訳のわからない神や形相から始めるのではなく、まず自分が経験する自然(フィシス)から始めるのが当然だったと思う。

例えば、12巻の出だしを引用しよう。

「この研究は、実体についてである。蓋し、ここで捜し求められている原理・原因は、実体のそれだからである。そして、そのわけは、もし存在する全てが或る全体的なものであるなら、実体こそはその第一の部分だからである。もしまた全ての存在がただある相続く系列をなしているだけだとしても、やはり実体が第一の存在であって、その次は性質としての存在、その次は量としての存在であろうから。・・・・・・なおまた、実体より他には離れて存在するものは何も無い。そしてこのことは、すでに昔の人々もその実績によって証拠立てている。というのは、この人々の捜し求めた原理とか構成要素とか原因とかは実体のであったから、ところで、今日の人々は、どちらかといえばむしろ普遍的なものを、より多く実体であるとしている」

ここでは、昔(イオニア)の哲学者は、まだ実体(=自然:フィシス)から始めているのに、プラトンをはじめとする最近の哲学者は、先に普遍的なものがあるという前提から始めていると明確にプラトンの問題を指摘している。

しかし、形相であれ、神であれ、プシューケースであれ、アリストテレスは普遍的な原理を決して排斥しないで考えることが重要だと確信していた。ただ全てはフィシスから始めるべきだと考えており、普遍的な原理などはフィシスの後に続く問題(「フィシスに続く=メタフィジカ」)として考えるものだと強調した。この「形而上学」にまとめられた著作自体は、一般向きとは到底言えないが、フィシスから始めて普遍を考えるという態度が、アリストテレスをプラトンから分けており、のちの人がこの著作集に「形而上学」と名前をつけた理由だと思う。

これほどフィシスから始めることを徹底したアリストテレスなら、「最後までフィシスが全てである」と唯物論を宣言してよかったはずだ。実際私の学生時代、「形而上学的」という言葉は、まちがった考え方の代名詞だった。しかし科学的、実証的方法が確立していなかったアリストテレスの時代、形而上学を拒否して唯物論を主張するのは難しかったと思う。また、彼の先生はあくまでもプラトンだ。その結果、フィシスから始めることを主張したアリストテレスも、普遍的な問題を考えることの重要性は確信していた。そして、「実在とは何か?」「あるとは何か?」という問題が、フィシスの背景にある普遍を考えるためにまず考えるべき問題だと考えた。

例えば第4巻の書き出しを引用しよう。

「存在を存在として研究し、またこれに自体的に属するものどもをも研究する一つの学がある。この学はいわゆる部分的(特殊的)諸学のうちのいずれの一つとも同じものではない。というのは、他の諸学のいずれの一つも、存在を存在として一般的に考察しはしないで、ただそれのある部分を抽出し、これに付帯する属性を研究しているだけだからである。例えば数学的諸学がそうである。さて、我々が原理を訪ね最高の原因を求めているからには、明らかにそれらはある自然(実在:フィシス)の原因としてそれ自体で存在するものであらねばならない。ところで、存在するものどもの元素を求めた人々も、もしこのような「それ自体で存在する」原理を求めていたのであるとすれば、必然にまたそれらの元素も、付帯的意味で存在するといわれるものどもの元素ではなくて、存在としての存在の元素であらねばならないそれ故に我々もまた、存在としての存在の第一原因をとらえねばならない」

要するに、私たちが経験している実在が存在するかどうかこそ個別を超えた普遍的問題で、「なぜ実在するのか」という問いを考えることこそ哲学の課題だと主張した。

こんな文章を読むと、多くの読者は「自分が経験している自然が実在するかどうかを問うとは、アリストテレスもわざわざ話を難しくして観念をもてあそんでいる」と思われるだろう。しかし宗教はともかく、現代の哲学や科学で「あるとは何か」を問うことは流石に無くなったが、この「あるとは何か」という問題はその後の哲学では重要問題として続く。しかも現代になっても、「ある・なし」問題が世間一般に共有されると、急に形而上学問題になってしまうことがある。例えば、政治家や役人が「有るを無い」と言い張るのは、当たり前すぎて今や問題にもならないが、科学的問題ですら世間に共有されるとケンケンガクガクの議論になる例は数多い。

5年前の小保方事件を思い出してほしい。この時小保方さんが発した「STAP細胞はあります」という一言を巡って、専門家から一般市民まで、この「あります」とは何かを口角泡を飛ばして議論しなかっただろうか?キッカケは小保方さんが「あります」を、世間の問題にしてしまったことにあるのだが、科学者にとって「あるかないか」は追試が可能かどうかどうかで終わるはずだった。しかしその時並行して行われた「捏造があるかないか」が重なると、この「あるか無いか」は急に複雑になってしまい、これに研究組織や政治家の思惑、さらには議論に参加した様々な人の思いが合わさって、多くの「ある・なし」が渦巻く大混乱になった。この議論に真剣に参加した多くの人たちに申し訳ないとは思うが、私から見てこれほど馬鹿げた騒ぎはなかった。すなわち、科学に終始すればこの問題がいつか無理なく処理されることはわかりきっていた。つまるところ今も人間は「形而上学議論」が好きなのだ。

このように「存在自体」を冷静に議論するためには、皆が認める統一的な手続きが必要になる。ただ、このような手続きは現在でも「実証的科学」分野以外ではまだ完成しておらず、アリストテレスの時代に皆が納得できる説明を導き出すなど到底できなかった。ただ、この点についてもアリストテレスはしたたかで、「私のいうことを聞け」などと命令するのではなく、現実的に考えていた。

例えば同じ4巻には次のような文章がある。

「真理についての研究は、ある意味では困難であるが、しかしある意味では容易である。その証拠には、何人も決して真理を的確に射当てることはできないが、しかし全体的にこれに失敗しているわけではなく、かえって人各々は自然に関して何らかの真を語っており、そしてひとりひとりとしては、ほとんど全く、あるいはごくわずかしか真理に寄与していないが、しかも全ての人々の協力からはかなり多大の結果が現れている。したがって、このように真理が、あたかも俚諺に「戸口までも行けないものがあろうか」とあるようなものであるとすれば、この意味では真理の研究は容易であろう。しかし、全体としてはなんらかの真を有しえてもその各部分についてはこれを有しえないという事実は、まさにその困難であることを明示している」

要するに個別の理解の中にも真理があり、それが統一できないからと諦めることはなく、全体を俯瞰することで、困難だが共通の真理も見えるかもしれないと言っている。この柔らかな思考には本当に感心する。

このように実体に即しつつ、存在や真理についての普遍性を考えることが重要だと考えていたアリストテレスだが、ではこの著作を通して、何か明確な地点に到達しているかというと、残念ながらそうではない。「有ると無いは同時に存在しない」といった当たり前の論理学的結論(実際には物理学ではこの論理すら越えることがあるが)と、「形相のような普遍性が実体より先にある」と考えるプラトンの明確な否定を除くと、明確な結論に到達できず、全てが尻切れとんぼで終わってしまっていると思う。

実際、後半の巻を読み進むと、プラトンの提案する普遍性の全否定がこれらの著作の主要な動機ではないかとすら思えてくる。その結果、最後は結論というより、問題は未解決のまま終わるという苦渋が滲み出たエンディングになる。例えば4巻は、

「存在するものは転化するのが必然である。なぜなら、転化は或るものから或るものにであるから。しかしまた、全てのものがあるときには静止しまたは運動しているのではなく、またすべてのものが常にそうしているというのでもない。というのは、動いているものには常にこれを動かす或るものがあり、しかもその第一の動者それ自らは、不動であるから」。

と終わってしまう。要するに、自然の転化には必ず原因があるはずだが、運動や転化の最初の原因については何ら明確な答えは示せていない。まあ今の物理学ですら、ビッグバン以外に実証的には理解ができていない。

先に引用した12巻にしても、ああでも無い、こうでも無いと議論を続けた後(ここでもプラトンの否定は重要項目になっている)、最後は

「誰にしても我々のいうように、動かすものがそれらを一つにするのだと言うより他には、なんと言うことも出来ない。そしてまた、ある人々は数学的の数が第一のものであると語り、そしてその様に常に或る実体に接続してある他の実体があり、これらの各々にそれぞれ異なる原理があると語っているが、これは全宇宙の実体をただの挿話とするものであり、またその原理を多数とするものである。だが、全存在は悪く統治されることを願わない。」

と書いた後で、哲学とは無関係のホメロスのイリアスまで引用して、

「多数者の統治は善ならず、ひとつの統治者こそあらまほし」

と終わっている。

すなわち「普遍的な原理というのは必ずあり、それがなければ全ての現象は統一性のないお話で終わると思うのだが、このような普遍性は「あらまほし」とはいえ、何かはわからない」と吐露している。すなわち「形而上学」で普遍的問題として挑戦した、「存在とは何か」とか「実体=自然と普遍」の問題については、挑戦はしたものの、答えを得るには至っていないと、言葉は悪いが匙を投げた印象だ。

ネガティブに書いてしまったが、この結末は当然の話で、プラトンでもカントでも、誰だってこの「形而上学」問題について考え方を提出できても、それを一般理解として普遍化することは、いくら議論をかさねても難しい。政治や宗教の場合は多数決や、あるいは「信じなさい」という命令で解決できる(もちろん本当の解決ではない)。しかしこれらの解決法はともに哲学や自然学とは無縁だ。結局これが可能になるのは、17世紀ガリレオにより、多くの人が共有できる一般理解を得るための実験や観察といった科学の実証的手続きが示されるまで、一つの思想が一般理解として共有されることは不可能だった(これについては17世紀に入ってさらに詳しく議論したい)。

そしてアリストテレスが最終的に行き着いたのが、「世界を動かす原理」を現象に共通に見られる「原因」として整理してみようという作業だ。このような考え方は、宗教、特に絶対神を信じる宗教では存在しない。というのも、宗教の場合全ての原因が神だからだ。先に引用した「動いているものには常にこれを動かす或るものがあり、しかもその第一の動者それ自らは、不動であるから」 の不動の第一の動者を神としてしまえば、全ては解決する。事実、哲学や科学でさえ、この第一動者を神秘的に説明したいという誘惑からなかなか逃れるのは難しかった。

動物誌や霊魂論とともに、形而上学を読んで、結局アリストテレス独自の境地として見えてくるのは、普遍性の問題を例えば第一動者が何かを議論して神秘的な議論に陥るのを避けて、

「我々がある物事を知っているといいうるのは我々がその物事の第一の原因を認識していると信じる時のことだからであるが」(第1巻3章)

と述べているように、世界で何かが起こるとすればそれには必ず原因があるはずで、現象を理解しようとすればまずその原因について理解しなければならないと言う方向性だ。そしてこれが、有名なアリストテレスの4因の考えに結実する。

このアリストテレスの4因は、自然の観察を通して生まれてきており、自然論諸作には度々登場するが、形而上学でこの4因については1巻にまとめられている。しかし、4因の考え方自体は姿を変え他の章にもなんども登場する。例えば前述の「多数者の統治は善ならず、ひとつの統治者こそあらまほし」とわざわざイリアスから引っ張り出してきた「善」は、彼の「最終因、目的因」に相当する。

アリストテレスの4因は、「形相因」「質料因」「作用因」そして「目的因」からなるが、「形而上学」一巻では、

「原因というのにも4通りの意味がある。すなわち、我々の主張では、そのうちの一つは物事の実態であり何であるか(本質)である。けだし、そのものが何のゆえにそうあるかは結局それの(何であるかを言い表す)説明方式に帰せられ、そしてその何のゆえにと問い求められている当の何は究極においてはそれの原因であり原理である。次に今一つの原因は、者の質量であり期待である。そして第三は物事の運動がそれから始まるその始まり(始動因としての原理)であり、そして第4は第三のとは反対の端にある原因で、物事が「それのためにであるそれ」すなわち「善」である。というのは善は物事の生成や運動の全てが目指すところの終わり(すなわち目的)だからである。」

と説明している。ただ、これを読んだだけで4因をスッと納得できる人はそう多くないだろう。そこで、もう少しわかりやすい説明を3巻2章から引用しておこう。

「例えば同じ家についていうも、その家のできる運動の出発点(始動因=作用因)は技術であり建築家であるが、それが何のためにかというその終わり(目的因)は出来上がった家の家としての働き(役割)であり、そしてその質料因は土や石であり、その形相因は家のなにであるか(本質)を表す説明方式である。」(第3巻2章)

この文章から考えると、作用因や質料因は私たちが物理学で考える力や質量とそれほど変わらない。そして、目的因は文字通り住むためという目的、そして形相因とは「家とはなにか」という私たちの概念ということになる。例えば住むために洞穴を掘ってもいいが、家を建てるという時の概念は洞穴とは違い、作業も異なる。ここでアリストテレスは、プラトンの形相を正しくも「脳の働き=説明方式」と看破している。

アリストテレスは、このように4因を当てはめれば、どんな現象も過程として整理することができると考えていた。例えば、なぜ月が動いているのかについて言えば、必ず動きを始動させるための質量に対応する作用因が存在するはずであるということ理解される。もちろんその作用因の本体はわかっていないが、それでも過程としては一定の理解ができたことになる。万が一神秘主義が好きな人にしつこくその原因を聞かれれば、すべては「善」という目的が始動させているとでも答えることすらできる。

さらに生物の行動を観察すれば、常に「・・・のため」という目的に満ち溢れている。実際目的因が行動を始動させるという感覚は、生物の専門家でもなかなか逃れることはできない。例えば機能には必ず目的概念が内在しており、専門家の議論で「何のため」という質問が出ても、違和感は全くない。

例として、例えばビーバーが木を集めて川をせき止めるという行動を考えてみよう。たしかに「川がせき止められる」のだが、これが行動の目的ではなく、この場合「ねぐらを作る」ことが目的因になる。すなわち、ビーバーは巣作りのため川をせき止めるということになる。この目的にむけて、木(質量因)が集められ(作用因)、最終的にダムが作られる(形相因)という過程が始動することは誰もが理解できる。このレベルでは、アリストテレスも、今の動物行動学者もあまり違いはない。

このように4因説は、あらゆる現象を、便宜的にではあっても説明できてしまう魔法の杖として使えることが評価できるるし、逆にこれがその後実証的科学の芽生えを阻害したとも言える、2面性を持つ。とは言え、これまで紹介したように、アリストテレスを読めば、彼が世界の全てを説明できるという不遜な気持ちを毛頭持っていなかったこともわかる。しかし、この4因というスーパーツールで世界がうまく整理できてしまった結果、後の人がそれを説明と勘違いしてしまったのだと思う。

ただ、質料因と作用因が物理学として実証科学に移行した17世紀以後の生命科学の歴史を眺めてみると、物理では科学的な因果性ではないと排除された形相因と目的因を、生物学が中心になって実証科学にしようと進んできたことがよくわかる。例えば今の物理学では、宇宙のデザイン(形相)や目的といった問題は科学の対象ではなくなり、全ては例えばビッグバンに代表される作用因による始動から続く過程として説明するようになった。そして、デカルトの2元論によって、残りの2因を心=神の問題として棚上げされ、生物ですら質料因と作用因だけで説明しようと模索が始まる。

しかし、そうは問屋が卸さない。奇しくもアリストテレスが目的因を善と呼んだように、生物や人間を観察すると、決して物理的質料因や作用因で説明できない、形相や目的が満ち満ちている。ただ、多くを実証科学として扱いきれていないだけで、これが今も生命や人間を「生気論」や「神秘主義」的に捉えることの妥当性を訴える主張の根拠になっている。

しかし、その後のダーウィン進化論、20世紀の情報科学、そしてその生物学的産物としての分子生物学や脳科学は、アリストテレスの考えた目的や形相を徐々にではあるが、実証科学の領域へと引き戻している。その意味で、アリストテレスの形相因、目的因を考えるとき、いつも生命科学の課題を再認識させられる。またこのことを示したいと思うからこそ「生命科学者の目で読む哲学書」を始めており、今後もこの線に沿ってこの作業を進めるつもりだ。

3回にわたってアリストテレスを紹介してきたが、私の最終評価はバートランド・ラッセルとは異なり、アリストテレスは決して目的論マニアなどではなく、18世紀以降の生命科学の先駆けとすら言っていい絶対に買いの哲学者だと思う、生命科学者にはぜひ読んでほしい。

9月1日 ガン転移研究の画期的実験手法(8月29日 Nature 掲載論文)

2019年9月1日
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ガンが恐ろしいのは、局所で増殖するだけでなく体の様々な場所に転移するからだが、この時、転移先の組織とポジティブとネガティブに組み合わさった様々な相互作用の結果、その組織に転移するかどうかが決まる。この相互作用については転移先のガンの周りにある組織の研究として最重点分野になっているが、転移が始まったばかりの小さなガンについては周りの組織を選んでとってくるのが簡単でないため、研究が進んでいなかった。

今日紹介する英国のクリック研究所とケンブリッジ大学からの論文はこの問題をなるほどと感心させる方法で解決し、転移ガンの周りの組織を解析した研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Metastatic-niche labelling reveals parenchymal cells with stem features (転移先のニッチ細胞を標識により実質細胞ニッチの幹細胞的性質が明らかになった)」だ。

転移ガンと隣接する周りの組織を研究するためには、まず隣接している細胞だけを選択的に集める手法の開発が必要だ。これまで、顕微鏡下でレーザーで細胞を集めたり様々な方法が用いられているが、どこの研究所でも簡単にできるという方法はなかった。

このグループは、ガン細胞自体に周りの細胞を標識させようと着想し、膜通過性の蛍光タンパク質をガン細胞に分泌させる方法を開発した。すなわち、ガン細胞が蛍光物質を分泌すると、そのタンパク質は細胞質に自分で浸透し、周りの細胞も蛍光を発するようになる。使われた各コンポーネントは特に新しいわけではなく、言われてみればなぜこの方法がこれまで使われていなかったのか不思議なぐらいだが、まさに膝を打つとはこのことだと思う。

試験管内やガン細胞を注射して転移させる実験から、確かに周りの細胞が蛍光ラベルされることを確認して、ガンの周りに存在する様々な細胞を取り出して、ガン細胞との相互作用を調べている。

この研究ではマウスの乳ガン細胞の肺転移をモデルに使っているが、例えばガンの周りにある好中球を、普通の好中球と比べると、確かに活性化されており、ガンの増殖を助ける力が強いことを明らかにしている。

おそらく最も重要な発見は、ガンの周りに肺の上皮細胞が存在しており、これが2型の肺胞細胞であること、そしてガンにより様々な肺上皮細胞へと分化できる未熟幹細胞へと理プログラムされていることを明らかにした点だ。この理プログラムがなぜ起こるのかなどは今後の課題だが、このテクノロジーにより初期過程から研究が可能で、期待できる。

もちろんテクノロジー自体は、発現系を工夫すれば転移にとどまらず、細胞間相互作用を調べるための重要なテクノロジーになるだろう。急速に普及するのではという予感がする。

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