腫瘍の増殖は周りの細胞の環境が文化や増殖に大きな影響を及ぼすことがわかっており、ガンの周囲組織の研究は、ガンそのものの研究と同様に重要だ。では、脳に腫瘍ができたとき、脳神経の活動はガン細胞に何らかの影響があるのだろうか。この問題について、Natureに相次いで論文が発表されたので、今日、明日と続けて紹介することにする。
最初紹介するスタンフォード大学からの論文は、もっとも予後の悪い腫瘍の一つグリオーマと神経細胞の相互作用の重要性を示した研究で、タイトルは「Electrical and synaptic integration of glioma into neural circuits (グリオーマは電気的およびシナプス結合により神経回路に統合されている)」だ。
グリア細胞の元の細胞が脱分化して神経にも分化できる幹細胞になることを示したのは英国のMartin Raffだが、当然グリオーマ細胞も場合によっては神経細胞に似た性質を示す能力を示せると思うのは当然だ。このラインに沿って著者らは研究しており、すでに神経細胞が興奮して分泌するNeuroligin-3がグリオーマに作用すると、様々なシナプス分子を発現することを見出していた。
この研究では手術を繰り返す必要のある小児のグリオーマ組織でシナプス分子の発現を調べ、グルタミン酸受容体とそれを伝達する分子が広く発現していることを確認する。
次にグリオーマが神経細胞とシナプスを形成できるか、患者さんのグリオーマをマウス脳に移植する実験で調べ、おおよそ10%のグリーマが電顕的に神経細胞とシナプスを形成していることを確認している。また、こうしてできたグルタミン酸受容体シナプスは機能しており、グリオーマ自体も神経のように興奮し、これをグルタミン酸受容体阻害剤で抑えられることを示している。
また、グリオーマがシナプス分子を発現するにはneuroligin-3が必要なので、この分子がノックアウトされた神経と培養してシナプス形成を調べると、確かにシナプス形成ができないことも確認し、神経がグリオーマに働きかけシナプス分子を発現させ、シナプス結合を形成することを明らかにした。
しかし、10%のグリオーマが神経シナプスで興奮しても、全体は特に変化がないはずだ。この問題には生理学的、アプローチを行い、グリオーマの興奮は細胞外のカリウム濃度を高め、これによりグリオーマはアストロサイトのように長く続く興奮を示すこと、さらにグリオーマ同士が形成するギャップ結合により、興奮が全体に伝播することを示している。
次に光遺伝学を用いてグリオーマの興奮(膜の脱分極)を誘導すると、グリオーマ細胞の増殖性は高まることも示し、実際グルタミン酸受容体を抑制する抗てんかん薬を用いると、移植したグリオーマ細胞の増殖が抑えられることを示している。
最後に、グリオーマ自体が神経回路に組み込まれることで、神経自身も興奮しやすくなっていることを、実際の患者さんの手術中にクラスター電極を用いて記録している。
以上の結果から、神経ネットワークにシナプス結合を通して組み入れられることで、また新たな環境を生み出し、ともに変化することで転移や浸潤を繰り返す厄介なグリオーマの姿がよくわかった。
また、neuroglin-3に対する抗体や、グルタミン酸受容体抑制など新たな標的が見つかったことは極めて重要で、グリオーマの制圧につながってほしいと思う。