16SリボゾームRNAの配列を指標にして、その場所に存在する細菌の種類と割合を解析する細菌叢のメタゲノム解析のおかげで、私たちの体の中にある細菌叢が果たしている様々な役割について理解が深まった。ただ、この手法の問題は、サンプルとして用いた便や唾液など、データ再現のために保存しておけるが、しかし研究のほとんどは相関を調べることで終わってしまい、その細菌叢の機能的側面をもう一度調べ直すことはできなかった。
これに対し今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は解析した細菌叢を培養して、そこに含まれる細菌の機能を何度でも調べることが可能な培養ライブラリーを作成するための研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「A library of human gut bacterial isolates paired with longitudinal multiomics data enables mechanistic microbiome research(人の腸内細菌の培養細菌ライブラリーと継時的な多元オミックスデータを組み合わすことで細菌叢のメカニスティックな研究が可能になる)」だ。
このグループは、人間の大便中の細菌叢を、あとで何度でも機能実験に使えるよう、含まれる細菌叢をできるだけそのまま培養ライブラリーとして残そうと考えた。ただ、細菌叢に含まれるあらゆる細菌をそのまま培養することはほぼ不可能といえる。そこで、12種類の異なる培地を用いて細菌叢を培養し、それぞれの培地で増殖してきた細菌ライブラリーを11人から形成している。
この研究では、主に一般培地と著者らが呼ぶ選択性をできるだけ排除した培地で増殖してくる細菌について主に述べている。この培地はかなり多くの細菌の増殖を支えることができ、11人から7758種類の細菌を培養で分離することができた。こうして分離された細菌はこれまで細菌叢のデータベースに登録されている何種類かの属のほとんどを含んでおり、細菌叢の一つの代表としてバイオバンクとして維持することができることを示している。
もちろん培養することで失われる属も多く存在するが、逆に16S解析では発見できなかった細菌属が培養では見つかることもある。実際、両方の方法で共通に見つかる細菌でも、その割合はほとんど相関していなことから、培養はフレッシュな便の16S解析を反映しているとは言えず、別物と考えたほうがいい。さらに培養により増殖してくるそれぞれの細菌種は、個人・個人で大きく異なっており、選択培地を用いて培養して増殖する細菌種を絞っても多様性は残る。このように、従来の16Sメタゲノムと異なる点も多いが、様々な利点が存在する。
まず培養されたライブラリーを用いるとかなり精度の高い、全ゲノム解析が可能で、ほとんどの細菌のゲノムをほぼ完全に解読することが可能になる。その結果、遺伝子変異に基づいて解析する系統樹に加えて、同じ遺伝子の存在を比べることで解析するgene content 解析が可能になる。この結果、同じ細菌でも集団内で遺伝子が欠損したり、獲得されたり急速に進化することがわかる。
さらに、細菌叢自体毎日変化する。このため、一点だけの結果では実態を反映できないことが多いが、異なる時点を何点かとってそれを平均すると、各個人に特徴的なプロファイルを特定することが可能になる。細菌叢が培養されたライブラリーでは、異なる5日間ぐらいのサンプルをプールすることで、個人個人の平均化したライブラリーを作ることができる。
さらに、増殖しているライブラリーの中に存在する薬剤や、殺菌剤に対する抵抗性の細菌を培養で特定することもできる。
他にも継時的な細菌種の進化の様子や、メタボロームのバリエーションなど様々な実験をしているが、割愛していいだろう。今回細菌叢を培養ライブラリーとして残すことで、これまで現象論で終始していた細菌叢解析に、何度も繰り返し実験可能な材料(宝の山)が提供されるようになった。
個人的にはメタゲノムに終始している細菌叢研究については食傷気味だったが、これで新しい展開が見られるのではと期待している。