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9月12日 色認識の言語化(9月3日号 Cell Reports 掲載論文)

2019年9月12日
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私たちの認識は強く言語に影響されている。実際に網膜から入ってきたインプットは連続的な色彩として感じられているのだが、人間ではこれを様々な不連続な色の名前としてカテゴリー化して認識している。実際思い出す時色彩を鮮やかに頭の中に再現するのは、芸術家以外には簡単ではないと思うが、言葉を合わせて「服は何色だったか?」などと言語を組み合わせることで、過去のイメージもおおよそ思い出すことができる。

今日紹介するフランス ソルボンヌ大学を中心とするドイツ、英国3カ国からの共同論文は色は感じているのにその名前を言えなくなった一人の患者さんを解析して、色の表象と言語がどう連結されているのかを調べたいわゆる一例報告だが9月3日発行のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Color Categorization Independent of Color Naming (色のカテゴリー化は色の名前を述べることとは独立している)」だ。

この研究は、脳梗塞により言語野を含む左側頭葉が広く障害されたフランスに長く在住している54歳のポルトガル人の症例解析で、急性症状の回復後も話はできるが読むことができない失語症とともに、色の名前だけが思い出せないという稀な症状を示すようになった。

これまでの研究で、言語が発達する前に色のカテゴリーが脳内で形成されることが知られていたが、その後言語が発達すると、言語によってカテゴリー共々再構成されるのではないかと考えられていた。とすると、この色の名前が出てこない患者さんを詳しく調べれば、色のカテゴリー、言語の関係をはっきりさせられるのではと期待して、一人の患者さんではあるが詳しく検討している。

まずこの患者さんが色の名前は出てこないが、黒とか灰色など色彩がないと名前は正常に出てくることを確認している。その上で、彼らが開発した色のカテゴリーが形成されているかどうかを調べるテスト(詳細は割愛する)を行い、色のカテゴリー化能力は卒中によっても全く障害されていないことを発見する。

実際、患者さんに空色を見せると、「これは空の色」と理解するし、赤を見せると「血の色」と言えるようにカテゴリーとしては理解できていることが予想されていた。

以上の結果から、言語は、私たちの色の認識をカテゴリーも含めて完全に再構成して、大人では言語と色認識の連結がまず最上位にくることが明らかになった。タイトルにあるように、言語化はカテゴリーとは独立していることになる。

最後にこの患者さんの脳の機能やネットワークを詳しく調べ、色認識のカテゴリーは両方の脳半球に分布しているのに対して、色の名前を声に出して告げるための言語野と色認識を連結させるハブが今回障害された左脳の側頭野に存在することがわかった。面白いことに、このハブを用いる認識の言語化は色だけで、色彩がないと灰色とか黒とか、問題なく名前が出てくることから、黒から白まで様々な段階の言語化は全く別のハブを使っていることもあきらかになった。

以上、言語について色々考えてきた私にとっては(HPの生命科学の現在)大変面白い論文だった。言語はもともと一つの単語は他の様々なイメージと連結されることでカテゴリー化する能力とともに発達する。その意味で、この患者さんには申し訳ないとは思うが、さらに様々なテストにより言語とは何かを考えるヒントが生まれることを期待する。

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