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9月24日 脳転移乳ガンは神経細胞とのシナプスを通して増殖が促進する(9月18日 Nature オンライン版掲載論文)

2019年9月24日
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昨日グリオーマ細胞が発現したグルタミン酸作動性シナプスを介して脳内の神経ネットワークに組み込まれて、興奮することで増殖や浸潤が促進されることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した。確かに意外な結果だったが、グリオーマ自体神経細胞へとリプログラムされる能力を持っており、十分納得できる話だ。

しかし、2日目の今日は同じ神経シナプスを介するガンの増殖促進が、グリオーマにとどまらず、脳転移した乳ガンにも当てはまることを示した論文が、同じ9月18日Natureオンライン版にスイス・ローザンヌEPFLから発表された。タイトルは「Synaptic proximity enables NMDAR signalling to promote brain metastasis (シナプスへの近接によりNMDARシグナルが脳転移を促進できるようになる)」だ。

この研究はガンのトランスジェニックモデルのパイオニアHanahanの研究室からだが、スイスに移っていたとは知らなかった。Hanahanらはこれまで発表されたいくつかの論文から、グルタミン酸受容体が一般のガンの脳転移に関わっている可能性を最初から予想し、ガンゲノムデータベースに登録されたガンを調べた結果、特に乳ガンでグルタミン酸受容体とそのシグナル伝達に関わる遺伝子の発現が高く、特に予後の悪いトリプルネガティブのBasal Typeと呼ばれる乳ガンに発現が高まっていることを発見する。

さらに乳ガン全体、あるいはtriple negative乳ガンを抜き出しても、グルタミン酸受容体を発現しているガンは極めて予後が悪い。さらに原発ガンと脳転移を比べると、脳転移ガンでグルタミン酸受容体の発現が高い。細胞株をマウスに移植して肺転移と脳転移を比べる実験でも、脳転移特異的に強くグルタミン酸受容体がリン酸化し、シグナルが高まっていることを確認している。

以上の結果は、乳ガンで脳転移が起こると、グルタミン酸受容体が強く活性化されていることを示しており、このシグナルを用いてガン細胞増殖が亢進していることを示すが、では刺激物質グルタミン酸はどこから供給されるのかが問題になる。

最初自分でグルタミン酸を分泌して増殖するオートクライン機構を追求するが、これでは増殖を高めるには十分でないという結論になり、それなら神経細胞とシナプスを形成してそこからグルタミン酸の刺激を受けるのではと考え、電子顕微鏡で乳ガンと神経シナプスが密接に関わる様子を捉えている。また、乳ガン細胞と神経細胞を一緒に培養する実験系を確立し、この系の増殖促進にグルタミン酸受容体が必要であることを示している。

最後に乳ガンのグルタミン酸受容体の発現をコントロールできるようにし、乳ガンが組織から血中に移行する過程ではなく、脳に定着して増殖する時に、神経細胞により刺激を受けることを示している。

昨日紹介した論文と比べると、シナプスに近接することによるシグナルというのが詰めきれていない印象は拭えないが、脳転移にグルタミン酸受容体が必要であることは確認できており、今後他のガンの脳転移に同じメカニズムが働いていることが明らかになると、重要な貢献になると思う。

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