モノとコトになると、京大医学部の教授会でご一緒した精神科教授の木村敏先生を思い出す。以前何冊か読んだが、やはり客観世界をモノが代表し、主観世界をコトが代表し、それぞれが意識のなかで共生するという考えに「なるほど」と納得していた。最近はお会いする機会がないが、どう過ごしておられるのだろう。
今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、人間の記憶はモノをコトとして再構成することで記憶が可能になっていることを示した研究で読みながら木村先生を思い出していた。タイトルは「Replay of cortical spiking sequences during human memory retrieval (記憶の想起時に起こる皮質のスパイクのシーケンス)」だ。
研究ではAを見たらBを想起するといったコンテクスト記憶を対象としている。もちろん木村先生のモノとコトというような話はおそらく著者は知らないと思ううが、言葉を用いたコンテクスト記憶課題の場合、必ずモノとコトが一体になって脳に提示される。すなわち、「ケーキ」と「キツネ」と順番に出てきた言葉のセットを覚える時点で、時間的要素、すなわちコトがそのセットに加わる。このこととしてのシークエンスがどう記憶に関わるか調べるのがこの研究だ。
人間や動物が記憶したり、記憶を想起したりするときリップルと呼ばれる周期の早い興奮が現れる。このリップルを捕まえるために、この研究では人間の脳皮質の中にクラスター電極を埋め込み単一ニューロンの興奮を記録するとともに、クラスター電極にかぶせて領域の脳波を拾う表面電極を設置し、脳波レベル、単一神経レベルでリップルを検出している。
この研究に参加したボランティアは、先に示したように「ケーキ」「キツネ」、「スチーム」「シール」、「シート」「バス」のように、単語のセットを聞かされ、片方が出たらもう片方が思い出せるよう記憶する。
このとき、そして思い出すときに、それぞれの電極で記録されたリップルを解析し、記憶とリップルの関係を探っている。詳細を省いて結果をまとめると次のようになる。
- 記憶時、および記憶の呼び出し時にリップルが生じ、表面電極で拾える脳波上のリップルは、ニューロンレベルのリップルの記録を反映している。
- 記憶時に2つの単語を覚えるとき、異なる神経細胞レベルのリップルが一連のシークエンスとして記録されるが、同じ細胞のリップル・シークエンスが思い出すときに現れる。
- 記憶の正確さはリップル・シークエンスの一致度を反映する
- 皮質のリップルシークエンスが内側側頭葉のリップル・シークエンスとカップルしたとき、呼び起こし時に起こるシークエンスが記憶時のシークエンスと一致する。
慣れないとわかりにくいかもしれないが、ようするに少なくとも2つの単語を関連づけるコンテクスト記憶の場合、単語だけでなく、単語が現れる順番がセットになったときに強い記憶が誘導できる。また、このシークエンスの記憶は、内側側頭葉のシークエンスとカップルすることでより高められる結論できるだろう。
木村先生の思想は精神医学者としての実体験に裏付けられているのが特徴だが、今日紹介した結果からもう一度精神疾患患者さんのモノとコトの認識を見直してみるのも面白い気がする。