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3月21日 食を研究することの難しさ(3月18日 Nature オンライン発表論文)

2020年3月21日
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コロナウイルスに対する薬剤開発からもわかるように、創薬では病気の原因分子を探し、それを標的にする薬剤を開発するという大枠はほぼ変わらない。ところが何を食べればいいのかを明らかにし、食を設計するとなると話は急に難しくなる。これは私たちの代謝システムの複雑性を反映しているのだが、最近仕事で色々な相談に乗るようになると、食の難しさをつくづく思い知る。

その典型例が果糖で、最初ブドウ糖の代わりになる肥満を防ぐ甘味料として急速に普及したが、最近それが脂肪肝を引き起こすことがわかり、代謝について再検討が始まり、これまで当たり前としてきたことが全く間違っていることが明らかになってきた。例えば、果糖のほとんどは小腸でグルコースに変換され、この代謝システムのキャパシティーを越える時に初めて、肝臓に入ることを以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8072)。要するに、一つ一つの分子についての詳しい代謝経路はわかっていないことの方が多い。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、さらに進んでなぜ果糖が肝臓での脂肪合成を誘導し脂肪肝につながるのかを追求した論文で、果糖代謝の複雑性を改めて思い知ることになった。タイトルは「Dietary fructose feeds hepatic lipogenesis via microbiota-derived acetate (食物のなかの果糖は腸内細菌叢由来の酢酸を介して肝臓の脂肪合成を誘導する)」だ。

最初果糖が小腸でグルコースに変換されるにしても、キャパシティーを超えると肝臓に直接入って、脂肪合成に寄与するとすると、脂肪酸合成のハブになるアセチルCoAを合成するにはATP sitrate lyase(ACYL)と呼ばれる酵素が必須と考えられる。ところが著者らは肝臓でACYLをノックアウトしたマウスでも果糖を食べさせれば脂肪が合成され、脂肪肝ができるという意外な結果に到達する。

では果糖はどの経路で脂肪合成に使われるのかアイソトープを使って追跡すると、ほとんどが腸内細菌叢で酢酸へと変換された後門脈を通して肝臓に入り、そこでACSS2と呼ばれる酵素によりアセチルCoAへと転換されることを突き止める。実際、ACSS2を肝臓でノックダウンすると、果糖からの脂肪合成が抑えられる。

もともと酢酸は、酪酸やプロピオン酸と並んで重要な短鎖脂肪酸で、体に良いとされてきた。もし腸内細菌からの酢酸が肝臓脂肪合成に使われるとすると、これは大騒ぎになる。幸いそんな簡単な話ではなく、酢酸が脂肪合成に使われるためには肝臓で脂肪合成を行うための分子がセットになって高まっている必要がある。実際、果糖を長期間摂取することで、肝臓の脂肪代謝システムが理プログラムされる。すなわち、長期間果糖を取り続けると、肝臓での脂肪合成システムが高まり、そこに栄養として処理しきれなかった果糖を腸内細菌叢が酢酸へと転換し、この酢酸がそのままASCC2により脂肪合成の原料として使われるというシナリオが示された。

すなわち、果糖は、肝臓の脂肪代謝システムを高める能力、そして腸内細菌叢で酢酸へと転換する能力が揃っているため、脂肪肝の原因になることが明らかになった。果糖代謝の複雑性を知れば知るほど、食についての研究が21世紀の重要課題であることが実感される。

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