腸内細菌叢と免疫系の相互作用に酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸が関わっていることがわかってきた。すなわち、短鎖脂肪酸が多く合成されると、抑制性T細胞を選択的に増やしてアレルギーを抑えることができる。ただ、すべての短鎖脂肪酸が同じように働くわけではない。例えば糖代謝についてみると、酪酸はインシュリン感受性を改善させるが、プロピオン酸は糖尿病発症と相関することが知られている(https://aasj.jp/news/watch/10105)。
今日紹介するドイツ・ルール大学からの論文は自己免疫病の一つ多発性硬化症の進行がプロピオン酸で抑えられることをヒトで示した。本当なら画期的な論文で3月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Propionic Acid Shapes the Multiple Sclerosis Disease Course by an Immunomodulatory Mechanism(プロピオン酸は免疫系を変化させて多発性硬化症の経過を改善する)」だ。
この研究ではまず多発性硬化症患者さんの血液と便の中の短鎖脂肪酸を測定し、プロピオン酸が患者さんで低下していることを発見する。これだけだとなるほどで終わるが、この研究では91人の患者さんになんと1日1gのプロピオン酸の服用を続けてもらうと、半分の患者さんで進行を止めることができることがわかった。また、MRIでミエリン繊維の多い灰白質を調べると、線条体で増大していることも観察している。さらに、長期に服用しても副作用はないとしている。
このプロピオン酸で多発性硬化症の発症が抑えられるという発見が研究のハイライトで、さらに人数を増やして治験を行うことが次のステップになる。ただ、著者らはCellにふさわしい論文にするため、
- 治療前のPAの量を決めているのは腸内細菌叢の違いで、多発性硬化症の患者さんでは短鎖脂肪酸を合成する細菌の割合が低い。
- 腸内細菌叢はプロピオン酸服用によっても変化し、抑制性T細胞にバランスを移す。
- プロピオン酸服用により抑制性T細胞のIL10分泌が高まる。また、抑制性T細胞のミトコンドリアをリプログラムして酸素消費量を高める。
など、分子メカニズムも調べているが、驚く発見はやはりプロピオン酸服用で多発性硬化症の進行を抑えられるという発見だろう。
治験としては観察研究で、実際の効果はもう少し厳密なプロトコルで調べる必要があると思うが、期待したい。