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新型コロナウイルス感染機構とACE2

2020年3月7日
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新型コロナウイルスで大騒ぎだが、インバウンド客という目先の利益に目が眩んで初動が遅れ感染が広がってしまった上に、現在の感染状況の科学的把握ができていない状況では、新しい科学に基づく政策は打てない。現れるクラスターのモグラ叩きがどこまで有効なのか?その間に、経済は極端に収縮しているが、取り返しがつかなくなってから、科学を信じたせいだと責任転嫁されては大変だ。偶然が悪い方向へ向かないように、今は天に祈るだけだ。

一方で科学は力強く新型コロナウイルスと戦っている。そんな例がCell4月号に掲載予定のドイツ類人猿研究センターからの論文で、SARS―CoVと新型コロナウイルスSARS-CoV2の細胞内への感染経路を調べている(図1)。

おそらくこのグループは、SARSウイルスの感染経路の研究を行なっていたのだと思う。そこに新型コロナウイルス騒動だ。ドイツでは1月28日には患者さんが発生しているが、ミュンヘンの病院に入院中の患者さんから分離したSARS-CoV-2を用いて、このウイルスの細胞内への感染経路を、これまでSARS-CoV研究に開発してきた試験管内感染実験系で大急ぎで調べてみたという研究だ。

驚くことに論文は2月6日に投稿されており、2月25日には受理され、2日前にオンライン出版されるというスピードだ。

おそらく実験に1週間はかかっていないだろう。当然それほど難しい実験はできない。結果をまとめると、

  • 新型コロナウイルスは、SARSと同じで、細胞表面上のアンギオテンシン転換酵素(ACE2)を細胞に接着する受容体として使っている。
  • ACE2に接着したウイルスはエンドゾームに取り込まれ、そこで膜と融合してRNAを注入するが、このときホストの細胞のタンパク分解酵素によって処理される必要がある。この研究では、この処理をカテプシンとTMPRSS2が行えること、そしてTMPRSS2阻害剤がウイルスの侵入を食い止める。
  • SARSウイルスに対する抗体は、力は落ちるが新型コロナウイルスの感染を抑える。

通常なら到底Cellには掲載されないが、緊急にワクチンや、治療法を開発する上では、貴重なデータだということで掲載されたと思う。

この研究で示されているように、新しいコロナウイルスも細胞に接着するときにACE2を使っていることが確認されたが、このACE2はACEがアンジオテンシン Iを分解してアンジオテンシンIIに変換し、血管収縮、ナトリウム代謝などを通して血圧上昇に関わレニンアンギオテンシン系に関わるコトが知られてきた。すなわち、ACE2はこのアンジオテンシンIIをさらに短くするエンドペプチダーゼで、こうしてできたアンジオテンシン1−7は血圧抑制効果があることが知られている。実際、ACE2がノックアウトされると、心不全になりやすく、さらに代謝異常がおこることが報告されており、コロナウイルス感染をACE2を核として眺め直すことは面白いかもしれない。

高血圧や糖尿病などの基礎疾患があると重症化すると一般的に片付けられるが、これはインフルエンザでも同じだ。しかし、新型コロナの場合子供は不思議と感染が少ない。これは私が勝手に考えているだけだが、ACE2の発現分布や、スパイクの分解酵素TRPMSS2などの分布の違いを調べてみるのは面白い。

もちろん専門家も「ACEは臭うぞ」と感じているようだ。そこで最後に、中国武漢の北にある鄭州大学循環器内科の医師がNature Review Cardiologyに発表したコメントを簡単に紹介して終わろう(図2)。

  • MERS, SARSそして今回のコロナウイルス感染症では心筋炎や心不全の確率が高い。
  • 今回のコロナウイルス感染で亡くなった中国人の12%は、新たに心臓障害が認められる。
  • ACE2は心臓にも発現しており、コロナウイルスは心筋に感染できる。
  • SARSの患者さんの12年にわたる追跡で、感染から回復した68%の人が高脂血症、44%が何らかの新血管異常、そして60%が糖代謝異常にかかっており、ウイルス感染による様々なダメージは後々まで続く。
  • たしかに新型コロナウイルス感染は高血圧の患者さんほど重症化するが、治療に使用されるACE阻害剤については注意が必要。
  • 抗ウイルス薬は心不全の原因になるので注意が必要。

これらの結果は、ACE2ノックアウトマウスの結果とも一致して見える。すなわち、ウイルスがなにかACE2の機能を変化させている可能性はある。この論文ではコロナウイルス感染症一般に心筋感染の可能性があり注意が必要という以上の言明は避けているようだ。もちろん結果は臨床医にとっては重要な示唆だが、それ以外にも「ACE2とコロナの関係はなんとなく臭うぞ、ひょっとしたら様々な臨床症状を説明できるぞ」と言っているのが感じられる。臨床例や病理例が報告されてきたら、私も老いた頭を巡らせてみよう。

いずれにせよ、混迷する政策も結局科学が後始末してくれると私は確信している。感染は止められなくても、それを普通の日常にできるのは科学だけだ。

3月7日 進む眼科領域の遺伝子治療(2月24日 Nature Medicine オンライン版 掲載論文)

2020年3月7日
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おとといのNature ウェッブサイトの一面は、CRISPR/Cas9による遺伝子編集法が、レーバー先天性黒内障と呼ばれる疾患の治療に世界で初めて利用されたという記事が掲載されていた。結果はどうなのか全くわからないが、臨床研究がスタートした。すでに紹介したようにCRISPR/Cas9で操作したT細胞を癌患者さんに注射する臨床治験は行われているし、同じレーバー病をZinc Finger遺伝子編集で治療する試みも行われたが、CRISPR/Cas9を直接生体に注射するのはこれが初めてのようだ。

いずれにせよ治験一番乗り競争に遺伝性網膜疾患が選ばれるのは理解できる。我が国でiPS由来組織の移植を推進するプロジェクトが立ち上がったときも、最初の臨床テストは眼科領域と確信していた。安全性の問題もあるが、何と言っても眼科は治療効果を自覚できること、そして細胞レベルで変化を捉えることができる。今後、眼科領域は新しい治療法がテストされる最も活発な領域になるのではと期待している。

今日紹介する英国オックスフォード大学からの論文は、網膜色素変性症と分類される症候群の中の、RPGRと呼ばれるシグナル分子をコードする遺伝子変異をもつ患者さん18人の遺伝子治療治験で2月24日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは、「Initial results from a first-in-human gene therapy trial on X-linked retinitis pigmentosa caused by mutations in RPGR (X染色体上のRPGR遺伝子変異による網膜色素変性症の最初の臨床試験の報告)」だ。

タイトルでは「First in human」がついていて、これが最初の網膜遺伝子治療かと勘違いする向きもあるが、網膜色素変性症の50%以上で遺伝変異が特定されており、すでに様々な遺伝子治療が進んでおり、今やCRISPR一番乗りを競っている段階で、いわば百花繚乱段階に入ったと言える。この研究のFirst in HumanはRPGR変異についてという意味で、ここでも競争の激しさが伺い知れる。

ただ、RPGRの遺伝子治療が遅れた原因は、プリン塩基の多い繰り返し配列が遺伝子の安定を損なうからで、この研究ではコドンを工夫して安定化させた遺伝子を準備し、これを一般的アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んで用いている。

治験はI/II相段階で、注射するベクター量の安全性を確認した上で、効果を確かめることが目的になっている。

全部で18人の患者さんに様々な量の遺伝子を注射して経過を見ている。網膜所見はかなり専門的なので全て割愛して結果をまとめると次のようになるだろう

  • 水泡を作ってその場所からベクターを供給する方法を取っているので、高濃度のウイルスの場合局所の炎症がおこる。それ以外の大きな副作用は認められない。
  • 6ヶ月後の網膜感度で見ると、6例の患者さんで回復が見られた。また、回復は1ヶ月目から見られる。
  • 視力回復がない場合も、視力の精度上昇は見られる。
  • 高濃度を注射した患者さんでは回復が見られず、中程度の遺伝子量が効果があった。
  • 最も回復した患者さんでは、維持的に視力低下が見られたが、これは炎症をステロイドで抑えると軽減した。したがって、高濃度の場合も含めて炎症を起こさない治療法を工夫すれば、視力回復も可能?

最終的な印象は、結果から次の段階のプロトコルが構想できる模範的なI/II相研究だと思った。競争にさらされた中で、冷静な分析が行われており感心した。

高橋政代さんも含め、我が国でも今後多くの新しい方法を用いた網膜疾患の臨床試験研究が発表されると思うが、一時的な評価にこだわらず、長期的な構想に繋がるいい論文を発表していってほしいと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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