CRISPR研究史を見れば、微生物に学ぶところが多いことがわかる。ところが、ウイルスや微生物学について多くの生物学者は意外と学んでいない。私のブログでもCRISPRや細菌叢の話題を除くと取り上げる回数は少ない。これは結局私自身の感染症の知識が乏しいことを示しており、新型コロナ感染を機会に少し勉強してみようと思っている。
以前エボラウイルスが持つ自然免疫から自己を守るメカニズムが、他のサイトカイン誘導にブレーキがかからない状態を作ってあのような激烈な症状をきたすことを紹介した( https://aasj.jp/news/watch/2023 )。SARSや新型コロナの肺病変も同じように一種のサイトカインストームによる強い炎症反応のせいだと思われるが、それぞれのウイルスは自然免疫から自分を守る個別のメカニズムを備えているはずで、このような研究分野は、治療法開発という意味では、時間はかかっても重要だ。
今日紹介するスペイン国立生物技術研究所からの論文はSARSウイルスについてそのようなメカニズムの一端を捉えた研究で、ウイルスの自己防御機能の多様性を実感することができた。タイトルは「SARS-CoV-Encoded Small RNAs Contribute to Infection-Associated Lung Pathology (SARSウイルスは感染した肺病変に関わるsmall RNAをコードしている)」だ。
私たちの細胞機能はsmall RNAと呼ばれる様々なRNAにより調節されているが、ウイルスも同じメカニズムを用いて細胞の持つ防御機能をかいくぐっていることが知られている。この研究では、まずSARSウイルス特異的に合成されるsmall RNAをSARSに感染したマウス肺上皮細胞(マウスにも感染できるSARSウイルスが開発されている)が発現しているsmall RNA配列を網羅的に調べ、3種類のウイルスゲノムにマッチするsmall RNAの特定に成功している。
これらsmall RNA(svRNA)は、複製酵素とN遺伝子と呼ばれる領域に由来し、ウイルスゲノムと同じでセンスRNAであることがわかった。また、ホスト自体のsRNAを作るメカニズムにはほとんど依存しておらず、ウイルス感染により、ウイルスの持つ機構を使って合成される。
複製酵素やN遺伝子の転写や機能についてみると、svRNAは全く影響していない。しかし、svRNAに対応するアンチセンスRNAを持つmRNAの機能を抑えることができる。すなわちmiRNAと同じような働きを持っている。
残念ながらメカニズムについての研究はここまでで、このsvRNAがホスト側のどの分子に対応しているか特定されていない。代わりに、svRNAを抑制することのできる抑制性RNAを設計し、これを経鼻的に投与、その後SARSを感染させると、ウイルスの増殖だけでなく、炎症性サイトカインの分泌を抑えることに成功している。
おそらく、svRNAはホストから自身を守る一つのメカニズムと思われるが、今大事なことは新型コロナウイルスにも同じようなsvRNAが存在するのか、だとしたらホストのどの分子が標的かを大至急調べることだろう。SARSも新型コロナも肺病変の出現の理解が治療法開発に必須になる。幸いSARSに極めて近いという点から、SARS研究の蓄積は心強い。
明日はMERSについての総説を紹介する。