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4月4日 サルの脳発生過程をヒトに近づける方法(4月15日発行予定 Cell 掲載論文)

2021年4月4日

サルの惑星で描かれた様にチンパンジーやゴリラの脳が人間と同じレベルに達するためには、脳神経細胞数を人間と同じレベルにまず増やすか、あるいは限られた脳神経細胞のネットワークを鍛えるかしかない。しかし、人間の脳神経細胞数はゴリラのそれと比べると、実に3倍もあり、この方向での実験は難しい。このため、サルの人間化作戦はもっぱら訓練を通して、人間の持つ機能をサルの持つ回路の中で再現することに集中してきた。

今日紹介する英国MRC研究所からの論文は、試験管内であれば、発生過程でゴリラの脳神経細胞数を増やす可能性があることを示した面白い論文で、4月15日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「An early cell shape transition drives evolutionary expansion of the human forebrain(早期の細胞形態の移行がヒトの前脳拡大の進化の原動力になった)」だ。

もちろん個体内でサルの脳神経細胞数を増やす実験が可能になったとしても、頭蓋内に収まりきらずに残酷な結果に終わるだろう。脳の進化は体の進化と協調して初めて可能になる。代わりにこの研究では、亡くなった笹井さんが開発したiPSから脳のオルガノイドを形成させる方法を用いて、発生途上で脳上皮での神経細胞増殖と分化を、人間とゴリラと比べている(チンパンジーを用いる実験も行っている)。まさに、iPSとオルガノイドが可能にした全く新しい分野だ(このような論文を読むにつけ、山中さんと笹井さんのタッグが我が国で続いていたらと悔やむ)。

iPSからスタートして脳のオルガノイド形成を種間で比べる実験が難しいのは、近縁といえども条件が違いすぎて、本当に同じ条件で比べているのかわからない点だ。おそらくこの研究でも、サルと人間で同じプロセスを誘導できるという確信を持てる培養法に多くの時間を割いたのだと思う。この培養法がこの研究の前提なので、素直に信じることにする。

オルガノイド培養というと一年近く培養を続けることもある様だが、この研究では神経誘導を始めてから大体10日ぐらいまで、すなわち上皮形態をとる神経上皮細胞 (NE)から、神経前駆細胞として働くradial glia細胞(RG)までの過程を対象とし、ここで脳の大きさの基礎が決まると考えている。実際、同じスケジュールで培養条件を変化させた場合、5日目まではほとんどオルガノイドの大きさはサルも人間も変わらないのだが、10日目になると人間の方が2−3倍大きくなる。すなわち、人間とサルの脳のサイズはこの時期の違いで決まると結論している。

あとはこの原因を形態学的に探ると、NEが中間段階tNEを経てRGへと変化するタイミングが人では遅れること、またtNEの期間が長いことを発見する。当然ながら、発現遺伝子もこの変化と呼応しており、例えば細胞周期に関わる遺伝子群や、上皮間葉転換に関わる遺伝子群など、それぞれの種で発現は同じだが、発現のタイミングが人間では遅れる。この遅れは培養5日目前後で見られるちょっとした違いなのだが、人間では最も未熟なNEの増殖が長く続いて、その結果オルガノイドが大きくなる。

最後に、この変化の元となるマスター遺伝子を検索して、最終的に上皮間葉転換のドライバーの一つとして知られているZEB2がゴリラでは神経上皮培養を始めて2日目ぐらいから発現して、5日目ではピークになる一方、人間では5日目に始めて発現して10日目にピークになることを発見する。また、発現レベルもゴリラの方が高い。

この結果から、ZEB2こそが発生初期でNEからtNE、RGへの転換を促す、脳の大きさを決めるマスター遺伝子であると結論し、このZEB2の発現量をDoxで誘導できるiPSを用いてZEB2を早く発現させて、ヒトのオルガノイドが、ゴリラ型に変化するかどうかを調べ、期待通り早くZEB2を誘導すると、大きさから細胞骨格まで、ゴリラ型に変化することを確認している。

では最後に、ZEB2の発現を遅らせてゴリラを人型に変えられるかだが、この実験は簡単でない様で、代わりにZEB2がBMPシグナル下流のSMADに結合してシグナルを抑制する点に注目し、ZEB2の機能を、過剰なBMP4添加で抑える実験を行っている。おそらく細胞数が大きく変化するところまではいかない様だが、しかし上皮構造が壊れるのが遅れることを確認している。

詳しくは述べなかったが以上の結果は、発生初期、神経管を形成するNEでZBE2が発現すると、BMPシグナルが抑制され、上皮間葉転換が誘導され、神経管内のアピカル側の上皮構造が壊れ、RGへの分化転換が誘導されることを示している。そしてこのタイミングを遅らせることでNEの数を調節できるという可能性を示唆された。この細胞骨格変化による極性変化が、この転換の主役であることを示すために、最後に細胞骨格動態を変化させるLPSを用いて、同じ様にゴリラオルガノイドを人間型に変換できることも示している。

以上、ゴリラも試験管内では、人間型に発展させられるという話だが、これが高次機能につながるかどうかはわからない。いずれにせよ、iPS とオルガノイドの組み合わせは、今や精神疾患から、高次脳昨日研究に欠かせないツールになっているのをみると、笹井さんを失ったのは残念だ。

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