ワシントン大学のJ.Gordonさんの研究室は、細菌叢と代謝栄養の関係の研究で世界をリードする研究を続けており、このHPでも何度も紹介した。一番印象に残っているのは、一卵性双生児で同じ家庭に育ちながら、片方だけが肥満というペアを見つけ出して、マウスに便移植を行うと、肥満の方からの便を移植されたマウスは肥満になったという論文だった(https://aasj.jp/news/watch/424)。よくまあこんなペアを探し出したと思うが、遺伝背景を含め科学で条件を揃えることの重要性をしっかり意識させてくれる研究だった。
Gordonさんの論文を読んできて感動するのは、開発途上国の低栄養児を、腸内細菌叢の科学を通して救うことが臨床的ゴールとしてはっきりしている点だ。その意味で、今日紹介する論文は、このゴールの到達点、すなわち開発途上国の低栄養を改善できる補助食についての治験研究で4月7日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Microbiota-Directed Food Intervention for Undernourished Children(腸内細菌叢を標的にした食品による低栄養児の治療)」だ。
この研究で治験が行われた補助食MDCF-2の開発については、すでにこのHPで紹介しているので(https://aasj.jp/news/watch/10582)詳細は避けるが、無菌マウスや無菌ブタを用いた細菌叢に対するプレバイオの前臨床実験と、第1相の臨床試験の結果開発された補助食だ。重要なのは、バングラデッシュで独自開発できるよう最初から開発を進めている点で、論文を読むだけでバングラデッシュの子供を科学で救いたいという気持ちが強く伝わる論文だった。
今日紹介する論文は、いよいよ第3相臨床試験で、12ヶ月、18ヶ月齢の、慢性的低栄養にさらされているバングラデッシュの小児を無作為化して、一方には一般的な補助食、他方にはMDCF-2を、それぞれ3ヶ月、日常の食事とともに摂取させ、体重などを比較している。
結果は明瞭で、WHOなど小児の成長指標に用いられる身長体重比や身長年齢比で比べると、MDCF-2摂取群の成長率は高い。示されたグラフを見ると、補助食を摂取している期間、MDCF-2摂取群とコントロールの差は明瞭だ。
バングラデッシュの国情から、一人一人に詳しい代謝検査とはいかないので、補助食の影響を確かめるため、採血して血中に存在する5000種類近くのタンパク質についてのプロテオーム解析を行うとともに、便の細菌叢を調べている。この結果、タンパク質の解析から骨格と脳の発達に関わるタンパク質が明確に上昇し、炎症に関わるタンパク質が抑えられていることがわかった。詳しくは述べないが、これまでの研究で健康なバングラデッシュの子供に多い細菌種が補助食により高まっていることがわかっている。
重要なのは、この補助食の目的は決してカロリーなどのマクロニュートリエントを直接改善するのではなく、高々25gぐらいの補助食を用いて細菌叢を変化させ、慢性的低栄養を改善しようとした点だ。まさにプレバイオで細菌叢を期待する方向へ育てることが確かにできることを明確に示した。まさにGordonさんの研究が結実したという実感を得られる。
今わが国メディアではプロバイオやプレバイオの宣伝で満ち溢れているが、このような状況を見れば見るほど、これまでの研究も含めGordon さんの業績を振り返ってみることの重要性がわかる。ともかく感動した。