生命科学へのCRISPR/CAS最大の貢献はなんだろうと考えてみると、希望する場所で遺伝子を切断するという機能より、ガイドRNA により希望するゲノムサイトにCasタンパク質をリクルートできることだろう。Casに蛍光物質を結合させると、生きた細胞核内で見たい遺伝子の位置を調べることができるし、希望する遺伝子の転写のon/offが可能になる。他にもデアミナーゼを用いた一塩基編集など、ゲノムを正に編集するための技術が続々開発されている。
中でも期待しているのが、エピジェネティックな制御を自由に行う方法の開発で、事実、様々な論文がすでに発表されてきた。DNAメチル化を標的にする場合、素人から見るとCasにDNMT3をキメラにすればそれでいいと思ってしまうし、そのような論文も発表されてはいるが、使い物になる技術になるためには様々な改良が必要だったようで、今日紹介するスタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学からの共同論文は、使いやすいDNAメチル化コントロール法開発には、かなり時間がかかったことを示している。論文のタイトルは「Genome-wide programmable transcriptional memory by CRISPR-based epigenome editing(全ゲノムレベルで転写の記憶をプログラムできるCRISPRを基盤とするエピゲノム編集)」だ。
エピゲノムをプログラムするということは、一過性の遺伝子導入によりエピジェネティックな変化を誘導した後、編集に用いた遺伝子が消失しても、編集結果が維持される必要がある。この基準で見ると、例えばCasにDNMT3aを結合しただけのコンストラクトでは、メチル化で抑制された遺伝子も、時間が経つとすぐに発現することがわかっていた。この問題を解決するため、Dnmt3AとCas9に加えて様々な分子を組み合わせる研究が進んでいたが、この研究ではDnmt3a,Dnmt3L Cas9.ZNF10 KRABドメイン(KRABの効果はすでに報告されてきた)の順番で結合させたベクターを用いることで、ガイドとともに一過性の遺伝子導入を行うだけで、50日以上遺伝子発現を抑制する、理想的エピジェネティック編集を可能にしている。
この方法で誘導されるDNAメチル化部位も、極めてガイド特異的で、これにより全ゲノムのどの部位も自由にメチル基を導入できることを示している。
これとセットにして、希望する場所のメチル化されたDNAからメチル基を取り除くTET分子とCas9をXTENと呼ばれる長いポリペプチド・スキャフォールドで繋いだコンストラクトを完成させ、これによりゲノムのどの部位のメチル化も外せることを明らかにしている。例えばこの技術を使えば、山中因子をわざわざ導入しなくとも、その遺伝子のメチル化を同時に外すという工夫も可能になる。
今後の標準となる技術開発としては、これで十分で、ガイドプールを用いて、細胞の増殖に必要な遺伝子をスクリーニングしたり、あるいは様々な遺伝子のエピジェネティックな状態を自由に編集できるなど、応用分野の可能性を示しているが、私自身は基礎生命科学へのポテンシャルに最も感心した。
まず、CpGアイランドが全くプロモーター部位に存在しない遺伝子でも、転写開始点の近くにメチル化されることで転写が抑制される部位を持っていることを示している。このことは、メチル化による制御がCpGアイランドに現局していると考えるのは間違いで、今回発見されたCpGアイランド以外のメチル化による遺伝子発現抑制の研究から、新たな可能性が生まれるのではと期待する。
それとも関係するが、実際どの部分がメチル化されると遺伝子発現が抑制されるのかを、プロモーター前後をカバーするガイドRNAを用いて、転写開始点前後の領域に部分的にメチル化を導入する実験で調べることができる。面白いことに、転写開始点前後かなり広い領域で、メチル化導入が遺伝子転写に大きな影響を持つことも示している。すなわち、任意の部分にメチル化を導入する技術により、部分的なメチル化がヒストン(H3K9)のメチル化を通して、クロマチン変化が導入され遺伝子転写が抑制される過程を、かなり正確に研究できるようになったと思う。
以上、メチル化による制御というと、黒丸が並んだ大きな領域による制御と考えてきたのが、一つの黒丸からスタートする制御として考えることが可能になり、DNAメチル化研究を大きく発展させる予感がする技術だった。