アルツハイマー病(AD)発症にTauタンパク質が関わっていることを疑う人はもういないが、私も含めて多くの人は、Tauのリン酸化が神経細胞毒性につながると理解して来た。ただ、他にもTauの翻訳後修飾がいろいろあることがわかっており、最近はアセチル化されたTauも神経変性に関わるのではと考えられている。
今日紹介するClevelandにあるCase-Western Reserve大学からの論文は、脳損傷によりTauがアセチル化されることもTauの神経毒性の原因になり、AD発症に寄与することを示した論文で、このプロセスを標的にすることでさまざまな治療可能性が生まれる点で重要な論文だ。タイトルは「Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury (脳障害時のtauアセチル化を抑えることは神経保護につながる)」で、4月26日号のCellに掲載された。
この研究は初めから脳損傷によるTauのアセチル化がADの危険因子になっているという仮説に立って研究を進めている。まず、マウスに激しい物理的振動を加えて脳震盪を起こして損傷を誘導するモデルを用い、損傷の度合いに応じて神経特異的にTauがアセチル化される事を確認している。
次に、アセチル化されたのと同じ構造をとるTau変異体遺伝子を細胞やマウスに導入し、アセチル化されたTauが神経毒性を発揮することを示し、脳損傷がTauの神経毒性を誘導するモデルを現象的に確認している。
次は、Tauがアセチル化されるプロセスに焦点を当て、損傷によりp300/CBPがS-nitorosylationされることでアセチル化活性が誘導され、Tauのアセチル化が進むこと、そしてこのアセチル化はサーチュイン1(Sirt1)脱アセチル化酵素により拮抗されているが。Sirt1は同じS-nitrosylationによる活性が低下することを示している。すなわち、損傷はアセチル化酵素を活性化し、脱アセチル化酵素を阻害することで、Tauのアセチル化を高めている。この経路は、ヒストンのアセチル化と同じだが、実際ヒストンのアセチル化も脳損傷により高まる。
このように脳損傷に至る経路が明らかになると、それぞれの酵素を標的とする阻害実験が可能になる。まず、S-nytorosylationの阻害剤をマウスに投与し、脳損傷後の認知機能低下に確かに効果があることを示してている。
同じ効果は、p300/CBPのアセチル化を阻害する市販薬Salsalate投与によっても見られるし、逆に細胞内でのNAD分解を抑える薬剤を用いて脱アセチル化Sirt1を活性化させても同じ効果がみられる。
以上のマウスモデルの実験結果を人間で確かめる目的で、脳損傷の既往のあるAD患者さんと、無い患者さんの脳組織をバイオバンクから入手し、アセチル化Tauを定量し、脳損傷の既往がある場合に著しく上昇していることを確認している。すなわち、脳損傷によるTauアセチル化がADの引き金になっている可能性を示している。
では、マウスで見たようなアセチル化を標的にする治療の可能性はあるのか。もちろん前向きの治験を行うのは、とくにADのように長い経過をとる病気では簡単でない。幸い、salsalateやdiflunisalは、非ステロイド系鎮痛剤として広く使われているので、これらの服用とAD発症の関係を調べることで、p300/CBP阻害の効果を調べている。結果は期待通りで、Salsalateは一般的な鎮痛剤アスピリンと比べても、ADや脳損傷後の障害を抑制する効果が見られる。さらに驚くのは、あまり脳に浸透しないとされているdiflunisalの効果で、これを服用している人はほとんどADを発症していないことが分かった。
他にも、昨日も紹介したように、最近ならSirtを活性化して老化を抑える目的でNMNを投与している人もいるはずなので、脱アセチル化活性化による効果も調べることができるだろう。
以上が結果で、発想はシンプルで、調べられた分子メカニズムも単純だが、介入のための様々な薬剤が提案できたことは重要だと思う。今後どこまで一般的なADにも適用できるのか検討が必要だが、すくなくとも脳損傷後にはTauのアセチル化を予防するため、非ステロイド系抗炎症剤を服用させることは考慮してもいいのではないだろうか。