Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)は、ほぼあらゆる生物に存在する補酵素で、エネルギー受け渡しの一種の通貨として生命の基礎となっている。ただ、NADはシグナル分子合成、タンパク質のADPリボシル化、ヒストンなどのタンパク質脱アセチル化を通して、DNA修復や転写の調節に必須であることがわかり、ミトコンドリアにあるNADプールの現象が老化に関与することが示唆されている。
実際ミトコンドリアのNADプールは老化とともに低下し、この低下をその前駆体NMNなどを投与することで筋肉機能の低下が改善するとする動物実験が発表されたため、NMNは科学性が証明された抗老化サプリメントとして広く使われている。ただNADレベルを高めることが、人間に効果があるかについては、有効、無効の結果が両方発表されていると言っていい。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、筋肉のインシュリン感受性に関してはNMN内服が確かに効果があることを示す偽薬を用いた無作為化臨床治験で4月22日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women (Nicotinamide mononucleotideは糖尿病予備軍の女性のインシュリン感受性を上昇させる)」だ。
この研究ではNMN投与の効果が現れやすい対象として、閉経後の肥満の女性に狙いをあてて、半分を偽薬、半分をNMN250mg投与群を無作為的に選び、NMN服用10週間後の全身の状態、および筋肉バイオプシーで得られた筋肉細胞でのインシュリンに対する反応を調べている。
まずNMN服用で確かにNADプールが上昇することを、血清中代謝物の量とともに、白血球細胞内、および筋肉細胞内の代謝物の量から確認している。
面白いことに、全身状態としては体重や脂肪量、あるいは血糖など、ほとんど変化がない。これに対し、バイオプシーした筋肉細胞を用いてインシュリンに対する反応をグルコース処理能で調べると上昇している。また、インシュリンの下流のシグナル分子AKTおよびmTORのリン酸化が高まっていることを明らかにしている。しかし、ADPプールであるミトコンドリア機能については変化が見られていない。
このインシュリンに対する筋肉細胞の反応性の上昇は、インシュリンにより誘導される遺伝子の数がNMNで大きく増加し、その中には筋肉の維持に関わるPDGFR βなどの遺伝子が含まれており、おそらくエピジェネティックな再プログラムが起こっていることを示している。NADがサーチュインの活性化に関わることを暗に示す結果と言える。
以上、筋肉のインシュリン感受性だけが変化するという印象を受けてしまったが、ともかくNMN服用が効果があることを示す研究だと思う。栄養食品やサプリの華々しい宣伝を見ると、本当にこれでいいのかといつも思ってしまうが、このような地道な治験が今後も行われていくことを期待する意味で、重要な研究だと思う。